日本にあるディズニーブランドのホテルを立ち上げ、不動の人気と実績を築き上げてきたチャールズ・D・ベスフォード氏(株式会社ミリアルリゾートホテルズ代表取締役会長)が、約50年におよぶホテリエ人生のエッセンスを一冊の本にまとめました。著者本人へのインタビューでその“さわり”を紹介します。

経営者としての想いと経験、ノウハウを一冊に
──『ホテルの力 チームが輝く魔法の経営』には、ベスフォードさんが歩んでこられた50年近いホテリエ人生のエッセンスが詰まっています。この本を書こうと思われたきっかけは何だったのでしょう。
最初は若い方々に向けて、私が代表を務めるミリアルリゾートホテルズという会社や、ディズニーホテルのさまざまな魅力について知っていただくことが目的でした。キャスト(従業員)として新しい若い力を迎えるのに少しでも役立てばと思ったのです。しかし最終的には、20歳の頃に東京ヒルトン(現ザ・キャピトルホテル 東急)に入社して以来の私自身のホテリエとしての経験と、ディズニーホテルの立ち上げと運営に携わってきた来歴をもとにして、リーダーとして、経営者としての私の考えを広く伝えるものとなりました。
──ご著書の中で、職場づくりに臨む経営者の心得として、「水を育てる」という言葉を使っておられるのが印象的でした。
ホテルの経営者、あるいは総支配人というものは、豪華客船の船長のような存在だと私は思っています。多くのお客様に快適な旅を楽しんでいただくために、お客様の目に映る空間でのサービスはもちろんのこと、その後ろのバックヤードで立ち働く従業員の力も得て、チームで運営しなければならないからです。船長一人、経営者一人の努力だけで動かせるものではありません。
そうであるなら、従業員一人ひとりに気持ちよく働いてもらえる環境をまず用意しなければなりません。熱帯魚などを飼育するアクアリウムに例えるなら、魚たちがいきいきと泳ぐために欠かせない「水」を育てること。どんなに美味しい餌を与えても、水が汚れていたら生きられませんよね。職場もそれと同じで、個人の能力を伸ばそうとする前に、働きやすい場をつくることが大切です。それこそが、リーダーの役割だと思うのです。
──そのようなお考えを持つようになったのは、何かご自身の経験があったからですか。
20代前半の駆け出しの頃でした。自分の着る制服をバックヤードで選ぶとき、ぴったりフィットするものをなかなか見つけられずに働いていた時期がありました。それから何年かして責任ある職位に就き、初めてあつらえの「黒服」を身に着けたとき、ホテリエとしての誇りが体中に漲るのを感じて思ったのです。環境が人の力を引き出すこともあるのだと。
同じようにバックヤードが汚れていたり、狭くて使いづらかったりすれば、気分が上がらず、サービスの質にも影響しかねません。一般的に、お客様の目に触れる空間には気を遣っても、バックヤードの快適性は二の次というホテルが多いのではないでしょうか。でも、それでは働きやすい職場はつくれません。だから私は、キャストたちにとっても快適な空間であるかどうかを重視して、ホテルづくりをすることにしています。
ホテリエ人生を何倍も楽しむための目線と姿勢と考え方
──「顧客目線」と「経営者目線」という二つの視座を持つことの大切さも指摘されています。双方を併せ持つことで、どのようなメリットが生まれるのでしょう。
サービス業として「顧客目線」が重要であることは言うまでもありません。目の前のお客様に喜んでいただけるよう、懸命に努めるのは素晴らしいことです。ですが、それだけでは持続可能性は得られません。サービスに努めるあまり、収支に赤字を出したり、従業員に過度な負担を強いたりしたのではビジネスが続きません。そのバランス感覚を持つことが「経営者目線」です。これが意外と難しい。例えば、管理職として会社の利益を考える立場になったとき、顧客目線が薄れてしまうのは往々にしてあることです。
そうならないよう、ホテルで働いている方々には、自分自身も折に触れてホテルに泊まってみることをおすすめします。一人の顧客として、サービスを受ける立場に身を置いてみる。すると、忘れかけていた大事なことを思い起こしたり、新しい発想への気づきが得られたりするものです。このミリアルリゾートホテルズでは、社員が年に一度、ディズニーホテルに宿泊できる制度があります。
──ベスフォードさんご自身も、よく他のホテルを利用されるのですか。
そうですね。若い頃からいろいろなホテルを泊まり歩いてきました。私の場合、他社のホテルを視察などで利用するときは、なるべくスタンダードルームに泊まることにしています。普通のオペレーション、日常のサービスにこそ、そのホテルの真価が表れると思うからです。そして、粗探しをするのではなく、いいところを見つけようと眼を凝らします。
──その視点はディズニーホテルに根づいた「褒め合う文化」にも通じますね。
東京ディズニーリゾート®で続けられている取り組みとして、キャスト同士が誰かのいいところを見つけて称えるメッセージを贈り合う制度があります。その中から東京ディズニーリゾートの行動規範を体現していると思うキャストに投票し、「マジカルディズニーキャスト」を選びます。また、当社の取り組みとしては優れた成果を上げたキャストやチームを表彰する「ミリアルアワード」があります。こうして誰もが「もっと頑張ろう」と自然に思える文化をつくることも、「水を育てる」ことの実践の一つです。
──ホテルだけでなく、あらゆる企業に役立つ経営のヒントが満載の本ですね。あとは読んでのお楽しみとして、最後に若い世代に向けてメッセージをお願いします。
ホテリエの仕事はそれなりにハードで、大変なことも多いのですが、3年も経つともうやめられません。長くキャリアを続けることのできる楽しい世界です。それは私の人生が証明しています。興味のある方はぜひ、泊まるだけでなく働く場所としても考えてみてください。そして、ぜひ一度、2024年6月に開業した「東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスホテル」を訪ねていただけたらと思います。私のホテリエ人生の集大成を可能なかぎり詰め込んだ、私にとってのマスターピースのようなホテルです。
取材・文/編集部
(2025 10/11/12 Vol. 753)
DATA
『ホテルの力 チームが輝く魔法の経営』
(チャールズ・D・ベスフォード著/講談社/1700円+税)

チャールズ・D・ベスフォード●株式会社ミリアルリゾートホテルズ代表取締役会長。1957年生まれ。英国籍。1976年東京ヒルトン入社後、東京、マニラ、ソウル、大阪、東京ベイヒルトンにて支配人職などを歴任。1996年株式会社オリエンタルランド入社後、ディズニーホテル総支配人を歴任。2018年株式会社ミリアルリゾートホテルズ代表取締役社長、2025年11月より現職。20代よりホテリエ一筋、10のホテルのオープンに関わる。代表を務めるミリアルリゾートホテルズは、ディズニー社のライセンスを受け、5つのホテルを経営・運営。グループ会社の株式会社ブライトンコーポレーションでは4つのホテルの経営・運営をしている。