清潔感が保たれ、働きやすさに変わりがないのであれば、身だしなみに性別による区分をつける必要があるのだろうか──。現場スタッフの率直な意見も取り入れ、社内横断プロジェクトの発意で身だしなみ基準を刷新した名鉄グランドホテル。その効果は、外見だけでなく内面から表れるホスピタリティの向上と多様性を尊重する職場づくりにもつながっている。

多様性視点の「身だしなみマニュアル」を導入
学校や企業の制服にも、「スラックス」導入が珍しくなくなった昨今。名古屋駅に地下直結の好アクセスなどで人気の名鉄グランドホテルでは、2025年9月、従業員向けに多様性に目を向けた「身だしなみマニュアル」を導入した。
マニュアル作成のきっかけになったのは、ホテル業界にとって苦しい状況が続いたコロナ禍のさなか、2022年の春に立ち上がった「きらめきプロジェクト」だった。マネージャー層から若手まで、各部署のスタッフが集まって自由に意見を交換するというものだ。当時、同ホテルの執行役員マーケティング&セールス部長で、現在は名鉄ホテルホールディングスのマーケティング統括を務める相京正子さんは、当時をこう振り返る。
「通常業務の中では、若いスタッフが何かいい意見を持っていても、なかなか経営層に伝わらないことがある。もっと若手の意見を吸い上げられる仕組みをつくろうということになったのです。そして、その意見交換の中で出てきたのが、『この機会に私たちのホテルのクレド(行動規範)をつくろう』という声でした」
議論を重ねて、「きらめき7(セブン)」と題する独自のクレドが完成。その名のとおり「サービス」「あいさつ」など7つの項目が掲げられており、「身だしなみ・清潔感」も4つ目の項目として挙げられていた。

「それまでにも身だしなみについてのルールはありましたが、項目によっては解釈の幅が大きく、今の時代に合っていないのでは、と感じるルールも少なくなかった。そこで、改めて誰もが納得できる身だしなみルールをつくろうという話になりました」(相京さん)
まずは従業員に身だしなみについてのアンケートを取り、その結果をもとに話し合いを進めた。その場でも、最初は「男性用と女性用を分けてつくる」ことが当たり前の前提になっていたという。
「でも、仕事上の身だしなみで大切なのは、清潔感があって仕事がしやすいこと、そしてお客様の安全が確保できること。その観点から考えれば、性別の区別が必要なのか? そもそも、今の時代に分ける必要があるの? という方向に、議論が自然と向かっていきました。『男性のピアスは軽い感じに見えてしまうのでは』といった懸念の声もありましたが、最終的には当時の総支配人や他の役員も『男女共通(多様性)でいこう』という方針に賛同し、スムーズに決定することができました」(相京さん)
足元については、ビジネス客も多いホテルの雰囲気や制服に合わせ、男性は黒を基調とした革靴、女性は黒のパンプスと定めた。それ以外は、性別による違いは設けず、制服はスラックスが基本。髪やネイルの色、アクセサリーについての規定も、すべて同じとした。髪やネイルの色については、従業員アンケートで「お客様や一緒に働く従業員に不快な思いをさせない」ラインを尋ね、その結果を参考に指定したという。


ホテル独自のクレド「きらめき7」とそれに基づく「身だしなみマニュアル」が完成。
成果を踏まえ、グループ各ホテルへの展開も
マニュアルを従業員に向けて公表した後は、1カ月の移行期間を経て正式導入へ。その間に、ホテルにスタッフを派遣してくれている派遣会社をはじめ関係会社への周知も済ませた。移行期間中も、マニュアルの内容に対して疑問を呈するような声はほとんど出なかったという。「以前から続けてきた多様性についての従業員研修の取り組みも、新しいルールを円滑に理解することにつながったのではないかと思いました」と相京さんは言う。
また、マニュアルで基準が明確化されたことで、アルバイトの学生などに「なぜこれがいけないのか」を説明しやすくなったという声が目立った。お客様向けには、フロント・レストランに「多様性の身だしなみルールを導入した」ことを伝える掲示を出したが、問い合わせや混乱もなく受け入れられたと感じているという。
制服については、希望に応じて従来と同じスカートの着用も可能だが、スラックスのほうが「動きやすい」「仕事がしやすい」と好評で、多くのスタッフがこちらを希望するのが現状だ。
「アルバイトのスタッフや新入社員にマニュアルについて説明すると、『もっと厳しいと思っていました』とほっとされます。ホテルには、髪の色は黒のみ、ネイルは一切禁止というような、厳しいイメージがあるようですし、ホテルの姿勢を伝える取り組みの一つになっています」(相京さん)
さらに、最近は名鉄グランドホテルだけではなく、系列ホテルでも身だしなみルールの策定に動くケースが増えてきた。その内容自体はそれぞれのホテルの雰囲気や客層により少しずつ異なるものの、取り組みが波及したことにより、従業員の意識にグループとしての統一感が生まれてきているという。
「今後は、外見的な身だしなみだけではなく、言葉遣いや立ち居振る舞いといった、内面から生まれる部分の質も向上させていきたい」と相京さんは言う。身だしなみの「外見的な部分」がわかりやすく示された分、それ以外の「質の向上」に力を入れられるのも、身だしなみルール策定の効果といえそうだ。
取材・文/仲藤里美
(2026.08 Vol. 757)
名鉄グランドホテル(公式サイト)
https://www.meitetsu-gh.co.jp