ホテルを支える多彩なプロフェッショナルにご登場いただき、仕事へのこだわりやモットーを紹介する新企画。第1回となる今回は、コンシェルジュにフォーカス。東京ステーションホテルでチーフコンシェルジュとして活躍する森マリーアントワネットさんにお話を伺いました。

グループホテル初のレ・クレドール正会員
──ホテル業界を志したきっかけを教えてください。
私の出身国フィリピンの人たちは、家族の集まりを大切にしています。私の家族もそうでした。まだ子どもだった頃、あるパーティーで、会場のホテルスタッフにとても優しく接してもらったことを、私はよく覚えています。そんな体験が、ホテルの仕事を選ぶきっかけになったのかもしれません。例えば、ホテルで小さなお子さまに出会うと、目線を合わせ、言葉を選んでお話したり、ちょっとしたシールを渡したり、良い思い出になればいいなと思いながら接しています。
──2012年に東京ステーションホテルに入社され、コンシェルジュ・セクションを立ち上げられたのですね。
その頃、日本ホテル株式会社では、コンシェルジュの仕事はまだあまり知られていませんでした。私は前に外資系のホテルで働いていたこともあって、経験があったのです。歴史ある東京ステーションホテルの再開業に際して、コンシェルジュ・セクションの立ち上げを任されたことは、光栄でした。
実はそのとき、もうひとつのミッションが与えられていたんです。それは私自身が日本コンシェルジュ協会と「レ・クレドール」※の正会員になること。レ・クレドールは世界的なコンシェルジュの組織で、本当に限られたコンシェルジュしかメンバーになれません。高いハードルでしたが、会社の支援もあって、2018年に、グループホテル初のレ・クレドール正会員になることができました。
──森さんにとって、コンシェルジュという仕事の魅力は?
コンシェルジュは、お客様との距離が特に近い存在です。毎日違うシチュエーションのなかで、毎日違うお客様の課題やご要望に、心を込めて精一杯対応します。だからお客様が満足して喜んでくださると、達成感もものすごく大きいのです。
私たちのホテルは、お客様のリピーター率が平均40%ぐらいです。何年も前に泊まりに来てくださって、コンシェルジュとしてお世話をさせていただいたお客様が、「やっぱり私たちが帰ってくる場所はここだよ」と、コロナ後に戻ってきてくださいました。私たちも家族の一員のような気持ちになって、「お帰りなさいませ」とお迎えします。本当に幸せなことです。
―――お仕事で気をつけていることは何ですか。
お客様のご要望を一つひとつカスタマイズして、その方が最も求めているものを提供することが大事だと思っています。
「列車のチケットを買ってほしい」と頼まれたら、何時の列車がいいか、どのルートで移動したいか、新幹線をご希望か、もしかすると急行でのんびり行くほうがお好みかなど、お客様のご希望をヒアリングします。情報が多いほど、ご希望にマッチするサービスが提供できるからです。
お客様は何もおっしゃらなくても、その立場に立って考える必要もあります。同じ列車なら、やはり富士山が見える側の席がうれしいでしょう。荷物が多い方なら、荷物を置くスペースがある後方の席をとるとか、ご家族連れが一緒に座れる席を手配するとか。
お客様が遠方から新幹線や特急列車で到着される場合は、スタッフが東京駅にお出迎えやお見送りに出ることもあります。東京駅は広くて混んでいて、慣れない方は心細いかもしれませんから。
──ほかにはどんなこだわりがありますか?
人気のお店や観光スポットへは、自分の言葉で詳しく説明できるように、できるだけ実際に行ってみます。インターネットで調べた情報は、お客様もインターネットで得られます。ネットではわからない情報こそ、価値がある本物の情報です。最終的には、やはり「人」なのだと思います。
私は毎回思うのですが、目の前のお客様にとって、これは最初で最後の日本旅行、あるいは東京旅行かもしれません。しかも素晴らしいホテルがこんなに集まっている東京で、私たちのホテルを選んでくださったのです。これはもう絶対に、日本の、東京の、当ホテルの、大ファンになっていただかなくてはいけません。いつもそう考えて、お客様に接しています。
60年という時を経て、再会した日米の友人たち
──印象に残っているエピソードはありますか?
80代のアメリカ人のお客様から、人を探してほしいと依頼されたことがあります。20代の頃、大学で知り合った日本人留学生と、とても仲良くしていたのだそうです。でも長い年月が経つうちに、互いに連絡が取れなくなってしまいました。今回せっかく日本に旅行するので、彼に会えたらうれしいというわけです。
お友だちに関する唯一の情報は、日本の有名な大学のプロフェッサーらしいということ。大学に問い合わせましたが、個人情報だからと何も教えてくれません。チーム一丸となって諦めずにインターネットで調べていくと、その先生が講演を行ったという記事を見つけました。記事を書いた取材者に連絡したら、先生に話をつないでくれたんです。ご本人からもメールをいただいて、探していた方だと確認できました。
その後、アメリカ人のお客様は、お友だちと60年ぶりに日本で再会して、とても喜んでおられました。コンシェルジュの仕事は、やはり人をつなぐ仕事なんですよね。
──コンシェルジュを目指す方々に、メッセージをお願いします。
若い人たちには、たくさんチャレンジしてほしいです。失敗はあまり気にしなくていいと思います。失敗しないと学べないし、失敗するから改善できます。興味があることは、どんどん挑戦してください。音楽でも、スポーツでも、お茶やお花でも、グルメでも、すべてがコンシェルジュの仕事につながります。
個人的には、110年の歴史を持つ唯一無二の東京ステーションホテルで、責任ある仕事を任せていただいていることを誇らしく思い、先人たちが積み重ねてきた信頼を、絶対に傷つけないという覚悟で、日々仕事に向き合っております。
※レ・クレドール:1929年にフランスで発足した、コンシェルジュの国際的ネットワーク。会員数は世界でおよそ4000名、日本の会員は30名ほど。
森さんのある日のスケジュール
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早番出勤
- メールチェック、業務の振り分け
- ブリーフィング、引き継ぎなど
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デイリーミーティング
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お客様の応対
- 列車のチケット、レストランなどの手配
- サプライズ手配
- 応対の合間にメール返信
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お客様のお見送り
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ランチ
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事務作業
- レポート入力
- 実績ログ
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退勤

森マリーアントワネットさん
東京ステーションホテル チーフコンシェルジュ
1964年、フィリピン・マニラ市生まれ。大学時代に日本文化に興味を持ち、卒業後、日本語、日本文化、国際ツーリズムを日本で学ぶ。フィリピンでホテリエとしてのキャリアをスタート。2012年、東京ステーションホテルの再開業準備スタッフに参加。コンシェルジュのセクションを立ち上げ、現在はその責任者として後進の指導にあたっている。2014年に日本コンシェルジュ協会会員、2018年にレ・クレドール正会員に。2025年にはサービス介助士の資格を取得。
取材・文/田中洋子
(2025 10/11/12 Vol. 753)