令和7年秋 褒章受章者インタビュー

お客様との対話が教えてくれた接客の本質

黄綬褒章 業務精励(ホテル業務)

馬木 隆司さん

(株)ロイヤルホテル
宿泊部アシスタントマネジャー
(元・宿泊部フロアーサービス課長)

馬木 隆司さん(株)ロイヤルホテル
宿泊部アシスタントマネジャー
(元・宿泊部フロアーサービス課長)

──このたびはおめでとうございます。受章の知らせを聞いて、どのようなお気持ちでしたか。

ありがとうございます。最初にお話をいただいた時は、「本当に私でいいのだろうか」と戸惑う気持ちのほうが大きかったかもしれません。身に余る光栄だと思いながら、実感が湧くまでにしばらく時間がかかりました。長い年月をかけて地道に続けてきたことを評価していただけたのかもしれないと、あらためて思っています。

──入社は昭和56年。もともとホテル業界に興味をお持ちだったのでしょうか。

実は「ホテルで働きたい」という強い希望があったわけではありません。学校の先生にすすめられ、「リーガロイヤルホテルといえば大阪で一番のホテル」と聞き、興味を持ったのがきっかけです。島根の静かな田舎で育った私にとって、ホテルはまったくの未知の世界。これまで知らなかった世界を見られるのではないかという好奇心が入り口でした。

入社してみると、それは想像以上の別世界でした。バブル景気が始まる頃は、例えばクリスマスイブのディナーショーには500人を超えるお客様が訪れました。ほとんどの方が毛皮のコートを着ていらして、クロークには高級な毛皮がずらりと並ぶほど。上司からは「間違えたら500万円払うことになるぞ」と釘をさされまして(笑)。あれほど華やかな光景は、後にも先にも見たことがありません。毎日が驚きの連続でした。

──ベルボーイとしてキャリアをスタートされたそうですね。新人時代の思い出を聞かせてください。

入社当初はベルボーイとしてロビーに立ち、まずは元気にあいさつをすることから始めました。ホテルの施設や周辺の観光スポット、交通手段など、お客様へのご案内が主な役割です。

今では考えられないかもしれませんが、お客様の前で先輩に叱られることもありました。実はそれは“叱る芝居”で、上司が「何をしているんだ」と叱ると、お客様が「そんなに叱らなくても」とこちらをかばってくださる。そうすることで場を収めるのです。昔ならではの接客テクニックだったのだと思います。

──その後も、長きにわたって宿泊部門に携わってこられました。日々の接客のなかではご苦労もあったのではないでしょうか。

ときにはお叱りやご意見をいただくこともありましたが、振り返れば、そうした経験こそ、大きな学びにつながったと感じています。かつて、クレームをいただいて何度かお詫びに伺ったお客様がいらっしゃいましたが、今では毎年年賀状を頂戴し、ご来館の際には必ずお声をかけてくださるようになりました。そのご縁が続いていることを、大変ありがたく思っています。

お客様が怒っていらっしゃる時は、まず真摯に耳を傾けることが大切です。丁寧にお話を伺っていると、ふと「あなたたちも大変でしょうに」と一言添えてくださる瞬間があります。すると、心の距離がすっと縮まり、お客様の中に自然と入り込めたような感覚が生まれます。会話の空気もやわらぎ、互いに向き合える関係が築けるのです。こうした瞬間こそ、マニュアルでは身につかない、現場ならではのかけがえのない学びだと感じています。

──やりがいを感じるのはどんな時でしょうか。

大阪で国際会議や大規模なイベントが開催される際には、ありがたいことに、海外の要人や国際的なVIPの皆様にも当ホテルをご利用いただきます。事前準備から当日の動きまで、細部にわたる調整が求められますが、すべてが滞りなく進み、お客様から「さすがロイヤルホテルですね」とお言葉をいただいた時は、胸が熱くなります。あらためて、このホテルで働けてよかったと実感する瞬間です。

──後進の育成にも携わっていらっしゃいますが、若い世代の印象はいかがですか。

接客業が好きでこの世界に飛び込んでくる若い方が多いように感じています。ただ、今は一人ひとりが担う役割が幅広く、戸惑いや不安も多いはずです。まずは自信を持って仕事に臨めるように支え、職場環境や同僚との関係が心地よく感じられるよう配慮することが大切だと考えています。そうした土台が整うことで、仕事の楽しさやホテルで働く喜びをより感じてもらえるのではないでしょうか。

──現在はドアマンとして、ロビーでの接客業務を担っていらっしゃいます。

かつては、お客様のお名前やお車を覚え、駐車場から玄関までタイミングよく誘導するなど、ドアマンならではの「見せ場」が多くありました。しかし最近は、お客様ご自身が携帯で車を呼ばれることが多く、そうした機会は少なくなって少し寂しく感じることもあります。それでも、長年足を運んでくださるお客様には顔を覚えていただき、気軽に声をかけていただける時間は、何より楽しくかけがえのないひとときです。ホテルでお客様が最初に出会うという大切な役割であることを胸に、これからも誠実にお客様と向き合っていきたいと思っています。

取材・文/編集部 撮影/島崎信一
(2025 10/11/12 Vol. 753)