黄綬褒章 業務精励(ホテル業務)
卯都木 孝さん
(株)ホテルオークラ東京
料飲部アドバイザー
(元・料飲部副部長)

──褒章のご受章おめでとうございます。まずどなたにお知らせしましたか。
やはり、両親と妻に。びっくりしていましたね。私自身が一番驚いたかもしれませんが。入社以来46年、料飲の場を中心にずいぶん長いことお客様と向き合ってまいりました。私としては、日々の小さなことを当たり前のように積み重ねてきただけなのですが、それをこうして栄誉ある褒章として評価いただけたことは、身に余る光栄だと受け止めています。
──1979年の入社当初から料飲サービスの担当でいらっしゃいますね。ご希望されたのですか?
ホテルの職種は多くがそうかもしれませんが、スタイリッシュなユニフォームを着て働くというイメージに惹かれた部分はありましたね。特に料飲を希望したのは、学生時代にレストランでアルバイトをしていまして、そこの料理長が「君は素質があるから、卒業したらホテルで働いたらどうか」と言ってくれたのです。どうせなら、東京の一流ホテルで料飲サービスのプロになろうと、茨城から出てきました。
──最初からコンチネンタルルームに配属されて、ご苦労もあったとか。
苦労というほどのことはありません。ただ、ホテルの専門学校を出た同期もいましたので、足りない知識を早く補わなければと思って勉強はしました。『ラルース料理大事典』という、西洋料理の基礎知識や技法を詰め込んだバイブルのような本があるのですが、これを購入して懸命に読んだ記憶があります。
覚えることがたくさんあったからでしょうか、夜勤もありましたし、一日一日が瞬く間に終わっていきます。あまり余計なことは考えず、ひたすら仕事に向き合った時期でした。とはいえ、新人ですから、まだお客様の前には立てません。恭しく白いバスコートを身にまとっていても、ほとんどレストランの隅に立っているだけという。そんな時間の中でも、キャプテンや先輩の立ち居振る舞いを見てスキルを盗み取ることが大切でした。
──新人時代の思い出に残る出来事といえば、どんなことでしょう。
これは失敗談というか、笑い話かもしれませんが、泊まりの夜勤番のとき、お客様のいなくなった店内でフランベの練習をしていたのです。すると、向かいの宿泊棟にお泊まりのお客様から「火が出てる!」と緊急のご連絡が入ったのです。お店のカーテンを閉め忘れていたのですね。深く反省いたしました。
そんなことをしながら、少しずつ学んでいきました。フランス料理には、お客様の席までサイドテーブルをお持ちして、その場で料理を切り分けてサーブしたり、デザートの仕上げをしたりするゲリドンサービスという独特の技があります。ドレッシングを作り、サラダにかけてお出しする。それだけでも一人前になるには3年でしょうか。フランベともなると7、8年はかかります。早くそれらを身につけて、キャプテンとしてお客様からオーダーを取れる立場になりたいと、それが目標でした。
──1993年から4年間、グアムホテルオークラに出向されました。どのようなご経験を?
以前から海外で働いてみたいという思いがありまして、会社が希望を叶えてくれました。私はグアムでしたが、アムステルダムや上海に赴任したり、各国の日本大使館に出向する料理長に随行するスタッフもおりました。私の主な役割は、現地スタッフに対する料飲サービスに関する技術指導と、日本流おもてなしによる接客クオリティの向上といったところでしたでしょうか。現地スタッフの多くはフィリピンとチャモロの方々で、日本とは異なる文化習慣を尊重しつつ、どのように指示を出したらいいか戸惑うこともありました。フィリピン語もだいぶ勉強しましたね。週末には決まって、スタッフの誰かの家に招かれてパーティーです。そんな交流も楽しみながら、少しずつ信頼関係ができました。
──後進の育成にもご尽力されてきたと伺っています。指導のコツなどはありますか。
私は手取り足取り教えるというよりも、自分がやってみせて学び取ってもらうというスタイルです。立ち居振る舞いなどは、そのほうが伝わると思うのです。例えば、お客様の前に立つときに、自分のお尻の位置が隣のお客様に向いていたらいけません。「ありがとうございます」と頭を下げるとき、首だけ回して体がそっぽを向いていたら失格です。実際、それでお客様からお叱りを受けたケースもあります。でも、こういう所作は言葉で伝えるより、お手本を見てもらったほうがいいでしょう。
言葉の使い方もありますよ。店内で帽子を脱いでいただくのに、杓子定規に「お取りください」と言えば角が立つ。「お預かりしましょうか」と手を差し出せばいいのです。
──今も料飲部アドバイザーとして現場を見ておられますね。若い人へのメッセージをお願いします。
五感を使うことを覚えましょう。お客様の気配を、目だけでなく耳でも追う。すると、いろいろな情報を拾うことができます。「取り皿がほしいわね」と、どこかのテーブルから小さな会話が聞こえてくるかもしれません。そのようにして、普通のことを普通にして喜んでいただける仕事。楽しいものです。
取材・文/編集部 撮影/島崎信一
(2025 10/11/12 Vol. 753)