心も身体も癒すスリープツーリズム

睡眠との親和性の高さに独自性をプラス
ホテル椿山荘東京「Sleep well ステイ」

ホテル椿山荘東京

ホテル椿山荘東京の外観写真

快眠の一歩先、睡眠の本質的改善を目指す

歴史ある日本庭園を活用した文化的取り組みなど、独自の路線を追求するホテル椿山荘東京。昨今、注目を集めるスリープツーリズムにおいても、同ホテルならではの先駆的な試みを行っている。

ホテル椿山荘東京が2024年3月から販売を始めているのは、睡眠中の脳波を測定する機器を利用した宿泊プラン「Sleep well ステイ」だ。スパ施設の利用やオリジナルのアロマオイルなどのサービスは含まれているものの、ナイトウエアや寝具といったアイテムを揃えて快眠を演出する宿泊プランとは一線を画し、睡眠の本質的な改善を目指す内容だ。

このプランを立ち上げたきっかけの一つは、いうまでもなく昨今のスリープツーリズムの高まりである。「そもそもお客様にゆっくりお休みいただく場所であるホテルと睡眠は親和性が高いのではないかと考えました」とマーケティング担当の橋本あかねさん。敷地内に見事な庭園を有する同ホテルゆえ、自然の景観の中でのリフレッシュ効果を謳うことで独自性を出せるとの考えもあった。

庭園の深い緑に抱かれた三重塔が、1時間に1〜2回立ちのぼる白い雲海に浮かび上がり、幻想的な光景をつくり出す写真
庭園の深い緑に抱かれた三重塔が、1時間に1〜2回立ちのぼる白い雲海に浮かび上がり、幻想的な光景をつくり出す。

さらに決め手となったのが、2021年、館内に開業した再生医療クリニック「N2クリニック」の存在だ。クリニックを絡めて医学的な観点からのサービスを取り入れた企画を模索していたタイミングで、睡眠に特化したプランが実現した。

プランの検討段階でクリニックの医師によって、睡眠研究の第一人者、柳沢正史氏が取締役CSO会長を務める株式会社S’UIMINとともに紹介されたのが、同社が開発した睡眠脳波計測機器「InSomnograf(インソムノグラフ)」だった。これは、就寝時に頭部に装着することで、深い眠りや途中覚醒の割合、入眠までの時間など、各人の睡眠に関わる詳細なデータが得られるウエアラブルデバイスで、睡眠時無呼吸など治療を要する症状の発見につながる可能性もある。「Sleep well ステイ」プランは、この機器の使用を主軸に組み立てられた。

利用者は、事前に送付された検査キットを使い、まず自宅で日常の睡眠を計測。チェックインした日の夜、客室で最後の計測を行い、翌朝、つまりチェックアウトの日に館内のN2クリニックで医師から計測データの速報をもとにした睡眠改善のアドバイスを受けるという流れだ。計測を自宅4回+ホテル1回の計5回とするか、自宅1回+ホテル1回の計2回とするかはプランにより異なる。

「Sleep wellステイ」プランの客室の写真。すべてガーデンビュー。
Sleep well ステイ」プランの客室はすべてガーデンビュー。
自宅とホテルで睡眠脳波を計測し、睡眠の状態を分析する写真
自宅とホテルで睡眠脳波を計測し、睡眠の状態を分析する。

「専門家との連携」が申し込みの決め手に

販売開始以降、申し込みはコンスタントにあり、マスコミに取り上げられる機会も増えているそうだ。客層は20代から70代まで幅広く、新規の利用者からの申し込みも多い。「もともと一般向けのプランとは想定しておらず、関心のある人に着実にご利用いただいている印象」と橋本さん。「申し込みの決め手は医師のアドバイスが受けられることだった」という利用者の声からは、睡眠の改善を求む切実さが伝わる。機器による計測も、2回のプランではなく、より正確なデータを得られる5回のプランを選択する人が多いことからもそれは明らかだろう。

「睡眠の改善については、インターネットや書籍などから情報を得ることもできますが、それを実践し続けられる人は少ないでしょう。専門家の力を借りることで納得して前に進めるのではないでしょうか。ただ、医療機関の睡眠外来を受診するのは、気持ちの上でハードルが高い。お金は余計にかかっても、ホテルで寛ぎながら計測し、そのデータをもとに医師がアドバイスしてくれるという仕組みに気軽さを感じている方が多いのかもしれません」。こう橋本さんは分析する。

睡眠と親和性の高いホテルは、睡眠トラブルを発見する格好の入り口になり得る。普段から夫のいびきが気になっていた妻の提案で、夫婦で利用したケースでは、計測結果を受けて夫は専門的な治療の必要性に気づき、通院を始めたそうだ。実際、日々就寝をともにするパートナーに睡眠時無呼吸の懸念を伝えても、なかなか医療機関の受診に踏み出してもらえないケースは少なくないのではないだろうか。

ホテルの睡眠環境をアピールする好機にも

最終夜の計測をホテルで行うという同プランの仕組みがもたらした副産物として、利用者が、あらためてホテルの優れた睡眠環境に気づくという結果も生まれている。それはつまり自宅よりホテルのほうが、実感としてもデータとしても良く眠れた人が多いということだ。確かに、快眠のための条件が整っているのがホテル。睡眠自体に特段の問題がなくても、宿泊をきっかけに照明や室温などの睡眠環境、さらには就寝前の過ごし方など、日々のルーティンを見直したという声が上がるのも当然だろう。以前から、羽枕やパジャマなど、ホテルで体験した睡眠関連グッズを館内の実店舗やオンラインで購入する利用者もいるそうで、このことからもホテルが睡眠改善の入り口の役割を担っていることがわかる。

スパエリアの写真。自然光が差し込む全天候型の温水プールがある。
スパエリアには自然光が差し込む全天候型の温水プールが。
温泉施設の写真。伊東から直送された温泉に浸かって身も心もリラックス。
伊東から直送された温泉に浸かって身も心もリラックス。
プラン利用者にプレゼントされる、ホテルオリジナルのアロマオイルとディフューザーの写真。
プラン利用者には、ホテルオリジナルのアロマオイルとディフューザーをプレゼント。
朝食の画像。不足しがちなビタミンや食物繊維をしっかり補える、栄養たっぷりのメニュー。
不足しがちなビタミンや食物繊維をしっかり補える、栄養たっぷりの朝食。

同ホテルでは、今後も「Sleep well ステイ」プランを継続する意向だ。「今後、日本人の旅が世界のトレンドのように観光重視から休息重視に変化をしていくことがあれば、ウエルネスの観点からも新たな提案をしていく必要があると感じています」と橋本さん。睡眠環境、癒しの景観、医療機関すべてを備えた同ホテルにはまだまだ可能性が広がる。

取材・文/佐藤淳子
(2025 10/11/12 Vol. 753)

ホテル椿山荘東京(公式サイト)
https://hotel-chinzanso-tokyo.jp/