企業の力を最大限に引き出すための秘訣とは? 2025年9月11日・12日に開催された日本ホテル協会主催第42回トップセミナーより、ハロルド・ジョージ・メイ氏の講演内容をご紹介します。メイ氏は、国内外で数々の企業を躍進させてきた辣腕経営者。豊富な実体験に基づく「リーダーシップと組織力向上のためのアイディア」に注目です。

仕事に対する誇りが、パワーの源になる
毎日楽しくて、毎日うまくいって、何の苦労もないという仕事は、この世に存在しない。それどころか、今日はあれを失敗した、今日は上司に叱られた、苦労した案件がボツになったなど、辛い日のほうが多いかもしれない。しかしどんなときでも、自分の仕事に対する誇りがあれば、明日もまた頑張れる。
90年代末、業績不振に陥ったコカ・コーラ社の新社長は、仕事への誇りを社員に取り戻させるために尽力した。コカ・コーラが飲まれている地域(ほぼ全世界)が一目でわかる世界地図を本社受付に掲示したり、アインシュタインからビートルズまで、コカ・コーラをこよなく愛した著名人の写真を社内資料に使ったり。
自社商品がいかに多くの人に喜ばれているかを社員たちが思い出し、仕事に誇りを見出すようになるにつれ、会社は元気を取り戻し、再び成長軌道に乗った。メイ氏は言う。「自分が勤める会社、自社のブランド、自分が担当している商品やサービスなどに対する誇りこそ、組織のパワーの源です」。
発想の転換には、「見る角度が違う人材」が必要
みんなが同じ方向を向き、似たような意見を持つ組織は、まとまるかもしれないが進化はしない。メイ氏は日本コカ・コーラの副社長時代、「コカ・コーラ ゼロ」「綾鷹」など、画期的な新商品を世界に送り出した。しかし、はたと考え込んだのが、ミネラルウォーターの売り出し方だった。
ミネラルウォーターというものは、どの商品も中身に大差がない。なにしろ「水」だから見た目もすべて無色透明で、商品として差別するのが難しい。そこで着目したのが「容器」だった。容器をエコボトルにすることで、目に見える差別化を思いついたのだ。飲み終えたら簡単に手で潰して分別できるボトルは、エココンシャスな時代性にマッチし、「いろはす」は毎年1000億円を売り上げるまでになった。
人の盲点を突くような発想を生み出すには、いろいろな経験、いろいろな視点、いろいろな意見を持つ人が必要だ。多様な人材が多様な発想を生む。あなたの会社の人的多様性は、いかがだろうか?
高い目標は、半分達成できただけでも大きな自信になる
社長たるもの、どうせ大風呂敷を広げるなら、「さすがにそれは無理だろう」とみんなが思うくらい、思い切った大風呂敷を広げたほうが、成果を生む場合がある。「すごく高い目標を設定すると、その半分、その3分の1が達成できただけでも、『俺たち、けっこうやれたよな』と、みんなの自信につながるんです」とメイ氏。
彼が新日本プロレスの社長だったとき、アメリカのマジソンスクエア・ガーデンで、プロレス大会をやろうと提案したことがある。当時の新日本プロレスは、海外興行など一度もやったことがなかった。しかもマジソンスクエア・ガーデンといえば、世界中にその名を轟かすスポーツの聖地だ。
「新人歌手が、日本武道館コンサートをやろうというようなもの。そんなのムリですよ。英語ができる人間だっていません」と、社内は大反対。しかし1年後、新日本プロレスのマジソンスクエア・ガーデン興行は、1万6000人を集める快挙となった。
ほかにもサンリオの顧問だったとき、1400億円だった時価総額を1兆円にしようと大胆な目標が掲げられ、実際4年後に、時価総額1兆6000億円を達成させたこともある。
ただ、本当に重要なのはここからだ。どちらのケースでも、メイ氏が社員たちに言い続けた言葉があるのだ。「難しいけれどやればできる。一緒にやろう! どうしたらできるか、アイディアだけでも、計画書だけでも出してくれ。何が必要か俺に言ってくれ」。
この呼びかけで、リーダーの大風呂敷は、全社員の目標になったのだ。こうして一人ひとりの社員が、無謀とも思える目標にチャレンジして得た自信は、会社の大きな推進力となった。
仕事は楽しく! 部下をほめ、感謝することも忘れずに
2期連続赤字で、かつてない業績不振に悩んでいたタカラトミーでは、社員の表情からして暗かった。そこへ新社長として迎えられたメイ氏は、「こんな雰囲気では立て直しはムリだ」とまず思った。「なので毎月1回、1時間だけ、何か楽しいことをやろうと提案したんです」。
最初は参加する人が少なかったが、3年目になると、ハロウィンにほぼ全社員が手作りの仮装で仕事をする様子が、マスコミでも評判になった。そして4年目、売上も利益も過去最大を記録。会社の株価は4倍になっていった。
「もちろん他にもいろいろ努力はしましたよ。でも社内が暗くて社員に元気がないと、それだけで雰囲気負けです。どんなに景気のいいことを言っても、どれだけいい戦略があっても説得力がない」。そう言ってメイ氏は、日本のリーダーは、もっと部下をほめ、感謝したほうがいいと付け加えた。
「『ご苦労さん』も『お疲れさん』も、ほめ言葉じゃありませんよ。『頑張ったね』じゃなくて、『頑張ってくれてありがとう』と言ってみて。私は社員を一人ずつ、毎年どこかでほめようと決めていました。言われた人はすごくうれしくて、『よし、もうちょっと頑張ろう』って気持ちになるんです。みなさんもやってみてください」
実践経験満載のメイ氏のお話。応用できそうなヒントは、いくつ見つかっただろうか?
構成・文/田中洋子
(2025 10/11/12 Vol. 753)

ハロルド・ジョージ・メイ●1963年オランダ生まれ。ニューヨーク大学修士課程修了。ハイネケン・ジャパン(株)、日本リーバ(株)(現 ユニリーバ・ジャパン)、サンスター(株)、日本コカ・コーラ(株)副社長を経て、2015年に(株)タカラトミー代表取締役社長に。赤字経営から大幅な黒字回復を成し遂げ、過去最高売上・最高利益を達成。2018年、新日本プロレスリング(株)代表取締役社長兼CEOに就任。海外進出に尽力し、過去最高売上・最高利益を達成。2020年10月退任。現在、アース製薬(株)、キユーピー(株)の社外取締役、パナソニック(株)顧問。卓越した経営手腕が注目されマスメディアに多数出演。2019年第45回経済界大賞グローバル賞受賞。日本人顔負けの流暢で軽妙洒脱な日本語を話す。