メディアレビュー ホテルを識る本

「ホテルオークラ」誕生秘話
男たちが夢見た世界に冠たる迎賓ホテル

「世界のどこにもない、日本らしさを体現した国際迎賓ホテルを」──その夢を胸に、日本を代表するホテルの創設に挑んだ大倉喜七郎と野田岩次郎。激動の時代を生きた二人の数奇な運命と、理想の実現に向けて奮闘した人々の姿を通して、ホテルオークラ誕生の舞台裏と、その歴史に刻まれた情熱をひもときます。

書籍『ホテルオークラに思いを託した男たち』の表紙。眼鏡をかけた男性の肖像に、「The Story of Okura」、副題「大倉喜七郎と野田岩次郎」「未来につながる二人の約束」、著者名「永宮 和」「Nagamiya Kazu」が配されている。帯の見出しは「世界に通用する日本らしさと老舗の矜持」。その下に、―「グローバル」の一つの完成形がここにある、と記載。続けて「野田君、わたしはいま日本を代表する迎賓ホテルをつくろうとしている。世界のどこにもない、日本らしい風格を備えたホテルだ。その社長になってくれないか」とあり、下部に「日本能率協会マネジメントセンター」と記載されている。

「この国を代表するような、日本らしい迎賓ホテルを東京につくる。その社長を引き受けてくれないか」──。物語は、大正・昭和の激動期を生き抜いた二人の男の8年ぶりの邂逅から始まった。大倉喜七郎と野田岩次郎によるホテルオークラの建設である。二人は「帝国ホテルに追いつき、追い越せ」をスローガンに掲げ、日本らしさを追求した世界最高峰のホテルを体現することに心血を注いでいった。本書は、大倉喜七郎の人間像と野田岩次郎の経営術、野田を支えた社員たちの奮闘に光を当てながら、ホテルオークラ誕生に秘められた苦闘の物語を綴ったノンフィクションである。

大倉喜七郎は、明治・大正期の産業界に君臨した希代の実業家、大倉喜八郎を父に持つ大倉財閥の二代目として生まれた。喜八郎は貿易や建設、製鉄業などで財をなし、渋沢栄一らとともに鹿鳴館や帝国ホテルなどを設立する。その絶大なる地位と巨万の富を背景に、喜七郎は自由奔放な青年期を過ごし、車に乗馬、長唄、三味線などと多趣味をこなす。まさに御曹司の振る舞いで、端整な顔立ちと男爵の称号から「バロン・オークラ」とも呼ばれた元祖プレイボーイであった。本書では、日本ではまだ自動車など見かけるのも珍しかった明治晩年期、ケンブリッジ大学留学中の喜七郎がわざわざイタリアまで出向いて最新式のフィアット車を購入、国際カーレースに出場したエピソードなどが紹介されている。

そんな喜七郎も父と違って経営の才能には恵まれず、財閥傘下のいくつもの企業で経営陣に加わるものの、新規事業で次々に赤字を出しては父親の怒りを買っていたというのは面白い。ただ、ホテル経営には執心し、父が興した帝国ホテルの会長(後に社長)をはじめ、名門ゴルフコースから始まった川奈ホテル、高原リゾートの草分けである上高地帝国ホテル、スキーリゾートのメッカとなった赤倉観光ホテル、リーガロイヤルホテルの前身である新大阪ホテルなど、そうそうたるホテルの設立に関わった。その無茶な命令に振り回されたのが、喜七郎の下で帝国ホテル取締役支配人を務めていた犬丸徹三(後に社長、日本ホテル協会会長)で、当時のホテル建設における犬丸の才覚を知る逸話としても楽しめる。

第二次大戦後、連合国軍総司令部(GHQ)によって財閥は解体、大倉喜七郎も公職追放の対象となって帝国ホテル社長の座から追われる。そのとき、GHQの命で財閥解体の実務を担う持株会社整理委員会のメンバーに任命されたのが、野田岩次郎だった。野田は、三井物産や日本綿花(現 双日)の駐在員として長く米国に暮らし、ニューヨーク日本人会理事も務めた国際人。「解体された側」と「解体した側」の二人はやがて、三味線という不思議な縁で対面し、その何年後かにはゴルフにまつわる縁で絆を深めていく。

1952年に公職追放が解かれた後、喜七郎は帝国ホテル社長への返り咲きを望んだが、経営近代化の波の中、すでに70歳を迎えていた老人にその席はなく、主要株主以上の存在にはなれなかった。失意の喜七郎が終生の事業と覚悟を決め、因縁の帝国ホテルを超えるホテルの実現に最後の意欲を燃やすことになるのである。その設立に向けた法人の社長に迎えた野田の下、当時のホテル建設技術と建築デザインの粋を集めたホテルオークラが完成したのは1962年。その翌年、悲願を果たした喜七郎は静かに息を引き取った。

ホテルオークラの目を見張る意匠の数々はその後、多くのお客様から愛され、リニューアルに向けて2015年に閉館する際には国内外から反対の声が多数寄せられた。だが、その真髄は今も、2019年に開業したThe Okura Tokyoに受け継がれている。高度経済成長期に生を受けたこのホテルがどのような苦難を乗り越えてその地位を不動のものとしたかは、本書を読む楽しみにとっておきたい。

なお、本書の著者は、『帝国ホテルと日本の近代』(原書房)などの著作があるノンフィクションライターで、ホテル産業ジャーナリストでもある永宮和氏である。

DATA
『ホテルオークラに思いを託した男たち──大倉喜七郎と野田岩次郎 未来につながる二人の約束』
(永宮 和 著/日本能率協会マネジメントセンター/1700円+税)

取材・文/編集部
(2026.10 Vol. 758)