令和8年春 褒章受章者インタビュー

「練って待つ」ことが夢への扉を開く

黄綬褒章 業務精励(調理業務)

髙橋義明さん

(株)帝国ホテル
調理部センターキッチン課専門職課長

肖像

──この度は黄綬褒章のご受章、おめでとうございます。受章を知ったときのお気持ちをお聞かせください。

ありがとうございます。正直に申し上げて、ただただ驚きました。振り返れば、入社以来さまざまな部署で多くの経験をさせていただきました。上高地帝国ホテルの料理長や、日本平ホテルの総料理長を務めたほか、ジュネーブやパリでは公邸料理人として各国の要人をおもてなしする機会にも恵まれました。また、首相官邸や迎賓館での晩餐会など、責任ある仕事にも数多く携わりました。こうした経験の積み重ねが、今回の受章につながったのかもしれません。帝国ホテルを長年率いてこられた田中健一郎元総料理長をはじめ、多くの方々に支えられてここまで来られたことに、あらためて感謝しています。

──帝国ホテルに入社され、当初は希望されていた厨房ではなく、ウェイターからのスタートだったとか。

そうですね。最初の1年半はウェイターとして、レストランのフロアで経験を積みました。当時は周囲から「コックになるのは諦めた方がいいのでは」と言われることもありましたが、私はどうしても料理の道に進みたくて、その思いだけは最後まで手放しませんでした。

結果として、このウェイター時代の経験が、その後の料理人人生において大きな財産になりました。お皿の美しい持ち方や、お客様の前でスプーンとフォークを使って料理を取り分けるサービス技術、ワインの知識、そして何よりお客様と直接お話しする経験。これらはすべて、料理を作る上での大きな糧になっています。

──料理人になりたい、という強い思いは、どこから生まれたものなのでしょうか。

母が洋食レストランに勤めていて、家で作ってくれるハンバーグがとびきり美味しかったんです。その影響が大きかったのかもしれません。小学校の卒業文集には、将来の夢として、「フランスに行って有名なシェフになること」と書いていました。コック帽をかぶった将来の自分の絵まで添えていて(笑)。その文集は今でも大切に持っています。その頃の思いがあったからこそ、料理人への道を諦めずに歩み続けることができたのだと思います。

──少年時代の夢が実現し、料理人としての道を歩み始められました。新人時代、印象に残っている先輩からの教えはありますか。

当時、帝国ホテルの総料理長だった村上信夫ムッシュの言葉が今も心に残っています。「チャンスは『寝て待て』ではなく、『練って』待てだ」という教えです。つまり、チャンスが訪れてから準備を始めるのではなく、いつその機会が巡ってきてもいいように、日頃から準備しておきなさい、構想を練っておきなさい、という意味です。

この言葉の重みを実感したのは、30代半ばで訪れた公邸料理人への挑戦でした。私はいつか海外で働く日のために、独学で英語やフランス語を学んでいました。その後、日本政府から帝国ホテルに「世界各国のVIPを満足させる技量を持ち、世界の料理に通じた人材を」という要請があり、大使と面接の機会を得ることができました。そこでは料理の技術はもちろん、語学力も重要な要素となり、スイス・ジュネーブ軍縮会議日本政府代表部の公邸料理人に選ばれたのです。

──公邸料理人として、ジュネーブ、さらにパリの経済協力開発機構(OECD)で通算約3年間を過ごされました。

現地では日本大使主催の昼食会や晩餐会の料理を担当しました。お招きするのは各国の大使や政府関係者など、世界のVIPばかり。私が常に意識していたのは、料理の中にいかに「日本らしさ」を織り込むかということでした。外国のゲストの中には、生魚が苦手な方もいれば、日本の天ぷらや寿司を楽しみにしている方もいます。そこで、例えばアミューズとして、海外でも親しみやすいかっぱ巻きを美しく盛り付け、その後に、フランス料理をグラスでご提供するなど、和と洋を融合させた料理となるよう工夫していました。

食事が終わると、大使が私をゲストの前に呼んでくださるのですが、そのたびに「ブラボー!」という言葉をいただき、本当にうれしかったです。大使からも「髙橋さんの料理のおかげで、みんながうちのパーティーに来たがっているよ」と声をかけていただきました。その後、大使のパリ赴任に伴い、私も引き続き公邸料理人としてお仕えすることになりました。料理人として大変光栄な経験だったと思います。

──髙橋シェフの仕事におけるモットーを教えてください。

基本に忠実に、初心を忘れないこと。これに尽きるでしょうか。料理に終わりはありません。常に「もっと良くできるのではないか」「もっとお客様に喜んでいただけるのではないか」と考え続けることが大切です。また、伝統を守るだけでなく、新しいことにチャレンジする姿勢も重要です。その積み重ねが、次の時代の新たな伝統をつくるのだと思っています。

──最後に、これからホテル業界や料理人の世界を目指す若い世代へ、メッセージをお願いします。

ホテルの仕事は、1年や2年で身につくものではありません。一通り経験するだけでも10年以上かかると言っても過言ではありません。でも、時間をかけて経験した技術は、確かな力として腕に残ります。ホテルには海外研修をはじめ、さまざまな挑戦の機会があります。夢を持ち続けること。そして諦めないこと。努力を重ねながらチャンスを「練って待つ」こと。それが、自分の夢を実現する一番の近道ではないでしょうか。

取材・文/編集部 撮影/島崎信一
(2026.06 Vol. 756)