令和8年春 褒章受章者インタビュー

「料理を作る喜び」を次世代へとつなぐ

黄綬褒章 業務精励(調理業務)

北村 雅之さん

富士屋ホテル(株)常務取締役
富士屋ホテルズ&リゾーツ総料理長 兼 F&B事業部担当

肖像

──黄綬褒章受章、おめでとうございます。今の率直なお気持ちをお聞かせください。

ありがとうございます。まずは大変光栄に思っております。富士屋ホテルの料理人として黄綬褒章をいただくのは、昭和38年に受章した三代目総料理長の小島源太郎以来、二人目になりますので、非常に重みを感じています。今年で勤続45年になりますが、地道に努力してきたことを評価していただけたのであれば、ここまで指導してくださった先輩方のおかげです。今は感謝の気持ちでいっぱいです。

──料理の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。

父が和食の料理人で、兄も製菓の仕事をしていましたので、自然と自分も料理の道に進もうと考えるようになりました。ただ、実は就職するまで、包丁もほとんど握ったことがなかったんです。当時は調理師学校が今ほど多くなかったため、本格的に修業するならホテルの方がいいだろうと考え、高校卒業後、昭和56年に富士屋ホテル株式会社に入社しました。

──新人時代はどのような日々でしたか。

まずは鍋洗いやじゃがいもの皮むきといった下積みからスタートしました。当時はまだ「見て覚えろ」という時代で、先輩たちの仕事ぶりを間近で見ながら、身体で仕事を覚えていったように思います。

「料理の面白さ」を実感したのは、自分が作った料理を実際にお客様に召し上がっていただけるようになった頃でしょうか。付け合わせの野菜から始まり、サンドイッチ、冷製料理と少しずつ任される仕事が増えていくのですが、どんな料理でも「商品」としてお客様の口に入る以上、中途半端なものは出せません。責任の重さを感じると同時に、自分の料理でお客様に喜んでいただけることに、大きなやりがいを感じるようになりました。

──特に印象に残っているお仕事について教えてください。

思い出深い仕事は数多くありますが、一つ挙げるとすれば、2018年からの富士屋ホテル耐震改修工事です。私は開業準備室として厨房設計に携わったのですが、それまで使っていたのは、大正時代につくられた歴史ある厨房でした。当時は東洋一とも称された設備でしたが、長年使い続けてきたことで、夏場の暑さやタイルの滑りやすさなど、働く環境としては過酷な場でもあったのです。

新しい厨房づくりでは、単に最新設備を導入するだけではなく、料理人が安全に、安心して働ける環境をつくることを大切に考えました。料理人は一日の3分の1以上を厨房で過ごします。だからこそ、働く環境が整えば、体力的にも精神的にも余裕が生まれ、結果として料理の質やサービスにもつながります。リニューアル後は、食の安全性の向上はもちろん、従業員のモチベーションアップにもつながったと感じています。

──45年のキャリアの中で、転機となった出来事はありますか。

2004年にフランス人シェフを招いて開催した「賞味会」です。当時、私は現場の責任者として彼らと一緒に仕込みを行いましたが、フランス人の「妥協しない仕事への哲学」に強い衝撃を受けました。集中力、素材への向き合い方、その全てに感銘を受けたのを今でも覚えています。ちょうどその頃から社内ではコンクールや海外研修制度も始まり、会社全体として料理人育成に力を入れるようになりました。私自身にとっても、ホテル全体にとっても、非常に大きな転換期だったと思います。

──総料理長として重責を担われていますが、お仕事で心がけているのは、どのようなことでしょうか。

富士屋ホテルは148年の歴史を持つクラシックホテルで、「虹鱒富士屋風」や「フレンチトースト富士屋風」など、長く受け継がれてきた料理が数多くあります。こうした伝統の味を守り、次の時代へきちんと受け継いでいくことは、私たち料理人の大切な使命です。同時に、時代とともにお客様の価値観や食文化も変化していますので、その変化に応えながら、新しい挑戦を続けることも同じくらい重要だと考えています。

特に近年は、インバウンドのお客様が非常に増えています。外国人のお客様はコース料理よりアラカルトを好む傾向にありますので、アラカルトメニューを充実させたり、肉の種類やボリュームを考えたり、宗教的な配慮をしたりと、時代に合わせたメニュー構成が必要だと実感しています。

──後進の指導にも力を入れていらっしゃいます。

富士屋ホテルの厨房には、四代目総料理長が遺した「料理人としての条件」という額が飾られています。そこには「意思の強い努力家でしかも根性と粘りのある人」「料理に本当に全神経を傾注できて惚れ込むことのできる人」など27項目が記されているのですが、私は特に「お客様の身になって料理を作り、お客様の言葉を素直に聞ける人」という言葉を大切にしています。

今は既製品が簡単に手に入る時代ですが、やはり料理人である以上、自分の手で一から作る喜びを知ってほしい。単なる「作業」ではなく、「仕事」として料理に向き合ってほしいと思っています。

――これからホテルで料理の世界を目指す若者たちへメッセージをお願いします。

料理人として成長するためには、やはり目標を持つことが大切です。私自身、「いつか料理長になりたい」という思いを胸に、一歩一歩技術を積み重ねてきました。料理の世界は決して楽な道ではありませんが、地道な積み重ねの先にこそ、本当の喜びや感動が待っているのだと思います。

取材・文/編集部 撮影/島崎信一
(2026.06 Vol. 756)