黄綬褒章 業務精励(調理業務)
小澤 弘幸さん
(株)ホテルオークラ東京
洋食調理部アドバイザー
(元・洋食調理部担当副部長)

──黄綬褒章受章、おめでとうございます。吉報をどのようなお気持ちで受け止められましたか。
ありがとうございます。最初にこの報せをいただいたときは、本当に突然のことで、「なぜ私が?」という驚きが先に立ちました。ただ、これまで目の前の仕事に真摯に向き合い、一つ一つ真面目に積み重ねてきました。そうした歩みを評価していただけたのであれば、これほどうれしいことはありません。
──小学生の頃から、料理が大好きだったそうですね。
小学校3年生くらいから、母親と一緒に台所に立っていました。中学生になると、部活動などで朝が早い日は、自分でお弁当を作ることもあったんです。その頃にはもう、「いつか料理人になるのだろうな」と将来を思い描いていました。
やがてフランス料理への憧れが強くなり、高校の先生の勧めもあって、「挑戦するならホテルで学びたい」と考えるようになりました。さらに、別のホテルで働いていた先輩から、「フランス料理を本格的に学ぶならホテルオークラがいい」と背中を押していただき、入社を決意しました。
──入社後はメインキッチンで西洋料理を学ばれ、入社7年目には「ホテルオークラアムステルダム」に出向されました。
入社当初から、「いつかは海外で本場のフレンチを学びたい」という目標を持っていましたが、25歳のとき、その願いが叶いました。最初はコーヒーショップに配属され、現地スタッフと働く環境に慣れるところからスタート。その後、フレンチレストランに移り、本格的にフランス料理に携わることになりました。
当時は、見るもの聞くもの全てが新鮮で、毎日が学びの連続でした。厨房で飛び交う言葉は全てフランス語。まずは伝統のレシピをノートに書き写しながら、辞書を片手に一つ一つ意味を調べて覚えていきました。食材の大きさも日本とは全く違いますし、文化も考え方も違う。何もかもが刺激的でした。もし今、あの頃に戻ってもう一度修業しろと言われたら躊躇してしまいますが(笑)、振り返ると、アムステルダムでの経験は、料理人としての自分の原点だったと感じます。
──アムステルダム滞在中には、メインダイニングのスーシェフ(副料理長)にも抜擢されたそうですね。
27歳の頃でしたが、当時としてはかなり異例のことだったと思います。日本でも経験したことのない立場でしたから、自分にとっても大きな挑戦でした。任された以上は期待に応えなければならないという思いで、必死に努力し勉強を重ねました。幸い、一緒に働くスタッフにも恵まれ、乗り越えることができたと思っています。自分を大きく成長させてくれた、かけがえのない時間でした。
──アムステルダムでの学びが、今も生きていると思われるのはどのようなことでしょうか。
当時のシェフは非常に厳しい方で、「捨て目、捨て耳を利かせなさい」というのが口癖でした。街を歩いていても、どこにいても、周囲をよく見て、耳を傾けなさい、という教えです。そこからさまざまなヒントや情報が得られるのだと。
この言葉は今でも心に残っています。美術館で絵画や彫刻を見ることも盛り付けの発想につながりますし、職場で休憩中に耳にした他セクションのスタッフの会話から、料理のヒントが得られることもあります。料理人は厨房の中だけで成長するものではないのだと実感しています。
──その後、1993年からは「グアムホテルオークラ」に赴任されました。
アシスタントエグゼクティブシェフとして赴任しましたが、日本人スタッフは4人ほどで、ほとんどがフィリピン人スタッフでした。ここで、人をまとめることの難しさを学びました。
心がけていたのは、とにかくコミュニケーションを取ることです。現地では誕生日会などのパーティーが多かったので、折に触れて参加し、家族ぐるみの付き合いをするところから始めました。信頼関係ができてくると、職場で困っていることなども話してくれるようになって、仕事も円滑に回るようになっていきました。
──ホテルの料理人として働く醍醐味を感じるのは、どのような瞬間でしょうか。
私は宴会部門を担当していた時期があるのですが、婚礼料理は特に印象に残っています。当時は200人、300人規模の披露宴も多く、私はソースを専門に担当していました。自分が作ったソースをこれだけ大勢のお客様が口にされると思うと、大きな緊張感があります。もちろん最後はシェフが味を確認して仕上げるのですが、その土台を自分たちが担っているという誇りがありました。あの緊張感と達成感は、ホテルならではの魅力だと思います。
──現在はアドバイザーとして、後進の指導にも当たられています。大切にしていることは何でしょうか。
シェフの役目は、スタッフが働きやすい環境を作ることだと思っています。営業中にミスがあっても、その場で強い指導をすることはしません。萎縮してしまうと、その後の仕事ができなくなってしまいますから。注意するときは営業後に、落ち着いて話すようにしています。
ただ、私たちは厳しく育てられたことで成長した部分もあるので、今の若い人たちは少しかわいそうかなと思うこともあります。だからこそ、現場を率いるシェフたちには、職人としての芯をどう育てるかを大切にしてほしいと思っています。
──料理人を目指す若い世代にメッセージをお願いします。
一番大切なのは、「本当に料理人になりたい」という強い気持ちを持つことだと思います。料理人は一生勉強です。努力を続けられる人が成長していく世界ですので、その覚悟を持って取り組んでほしいと願っています。
取材・文/編集部 撮影/島崎信一
(2026.06 Vol. 756)