令和8年春 叙勲受章者インタビュー

私の35年 この素晴らしきホテルの世界

旭日中綬章(観光事業振興功労)

小林 節さん

(株)パレスホテル代表取締役会長
(元・パレスホテル代表取締役社長、元・日本ホテル協会会長)

肖像

「最上質の日本」を体現するホテルとともに歩んだ35年

──このたびは旭日中綬章のご受章おめでとうございます。どのようなお気持ちですか。

今回の栄誉は、日本のホテル業界そのものが表彰されたものだと受け止めています。私自身は、銀行員からの転身でこの業界に入って35年、その間にホテル経営に長く携わらせていただき、また日本ホテル協会の会長職を拝命して2年ほど務めさせていただきました。そのことへの評価というよりも、ここまで導いてくださった諸先輩方の努力と叡智の積み重ね、ともに働いてくれた従業員や同僚、業界の方々の支え、それらすべてに対して授かった勲章であると考えています。

──その35年にわたるホテリエ人生を通じて多くの業績を残されました。最も記憶に残る出来事を問われたら、何を挙げられますか。

大きな思い出といえば、やはりパレスホテルの建て替えでしょうか。私の35年のキャリアは、この建て替え時期を挟んでおおむね三つに分けることができます。パレスホテル入社の1991年に経理からスタート、その後バブル経済崩壊後の事業整理等を担当し、総支配人も務めた最初の10年。それに一定の区切りがつき、社長として建替計画を実行した2001年からの十数年。そして、新しく生まれ変わった「パレスホテル東京」が開業した2012年5月から現在までの、会長職と重なる十数年が第三ステージです。

この三つの時代を通じて、最も記憶に焼き付いているのが、まさに建て替えの実行期にあたる2009年1月の出来事です。 建て替えのための全館休業に際し、最後のお客様をお見送りした後、全従業員に集まってもらって大宴会場で「解散式」を行いました。時はリーマンショックの直後です。厳しい環境の中での休業でしたが、そうであればこそ、従業員の雇用は一人も欠かさず守らなければと思いました。グループホテルへの出向だけでは足りず、他のホテルや関係先企業にもお願いして受け入れに協力いただきました。予定工期は3年3カ月。その間、不安に耐え、慣れない職場で頑張ってもらわなくてはなりません。そんな思いを抱えながら、「また皆で、ここに帰ってこよう」と開いた別れの儀式。私自身、感極まるものがあったのを覚えています。

──建て替えの道を選ばれた背景には、どのようなご決断があったのでしょうか。

それが当社の「生きる道」だったのです。社長就任当時、築40年を過ぎた建物は経年劣化が進み、お客様に特別感を味わっていただく魅力を失いつつありました。競争力を欠いたままでは明るい未来は望めません。新進の外資系ホテルに対抗するためにも、ラグジュアリー感と和の美しさを併せ持つ、最上質のホテルに生まれ変わるべきだと考えました。

──その思いの通り、2010年には建て替え中であるにもかかわらず、世界に誇れるホテルとしてThe Leading Hotels of the World(LHW)の基準に合格されました。

おかげさまで、全社一丸となって考えた「美しい国の、美しい一日がある。」というブランドコンセプトや、「グランド・レジデンス」を体現するデザインコンセプトなどが奏功したのだと思います。

パレスホテル東京の外観。水辺と石垣に面して建つ高層ホテル。
建て替えのため3年余りの休業を経て、2012年5月にグランドオープンしたパレスホテル東京。

また、それまでの10年間で得られた私の肌感覚として、ホテル業というのは景気やシーズナリティの影響を受けやすく、需要に波のある難しいビジネスであることがわかりました。そこで、建て替えに際しては、ホテルに隣接するオフィスビルの延床面積を大幅に拡張する方針を採りました。変動の少ないオフィス部門の売上により、経営を安定させるのが目的です。実際、そのおかげで後年、ホテルの休業を余儀なくされたコロナ禍を乗り切ることができたのもまた、忘れがたい経験の一つです。

日本ホテル協会会長として最前線に臨んだ激動の2年

──思えば、当協会の会長を務められた2019年からの2年間が、コロナ禍でホテルが未曽有の窮地に立たされた時期と重なりました。

そうでしたね。観光立国の旗印の下、インバウンドの追い風も受けて好調に伸びていた宿泊業が大打撃を受けました。その渦中、私たちも業界の窮状を訴えるのに奔走することになりました。雇用調整助成金の特例措置やGo Toトラベル事業といった国の支援があったのは幸いでしたが、 その陰に、個々のホテルの血のにじむような努力と闘いがあったことを忘れてはなりません。

──「ホテル業における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」を早期に策定したことが、会員ホテルでのクラスター発生を未然に抑えた要因の一つとされています。

日本ホテル協会が暫定版対応マニュアルを出したのは、確か国内で初めてコロナ患者が確認された直後、2020年1月末でしたか。先手を打つことが大事だと思ったのですが、実際のところ何が正しいのかは誰にもわからない状況でした。場合によっては、先手が裏目に出ることもあるでしょう。それが明かされるのは数年先、災禍が終息してからです。大切なのは、将来に向けてその検証を怠らないことではないでしょうか。

──当協会会長時代のご活動の中で、他に思い出深いことはありますか。

東京2020オリンピック・パラリンピックの開催に向けた受け入れ準備や、大会組織委員会への委員派遣、開会式・閉会式での各国要人への飲食提供なども、ホテル業界人として得がたい経験でした。これもコロナ禍で開催が1年延期されたわけですが、日本ホテル協会としては2014年に「2020年オリンピック・パラリンピック受入委員会」を設置してから7年にわたり対応を進め、業界一致のいわば「Team Japanの現場力」で大役を果たすことができたと思っています。

東京2020オリンピック・パラリンピック会場前で記念撮影を行うホテルスタッフとシェフの集合写真。タキシード姿やコックコート姿の参加者が並んでいる。
東京2020オリンピック・パラリンピックでは日本ホテル協会会員ホテルの混合チームが各国要人への飲食提供などを担当した。

他にも思い出はいくつもありますが、今でも私が委員長を務める「表彰委員会」の活動として続く、「会員ホテルの社会的貢献に関する会長表彰」は挙げておきたいと思います。これはSDGsへの社会の関心が高まるなか、会員ホテル独自の活動成果を称えて業界全体への波及を促そうと2019年に創設したものですが、今では総合的な取り組みに強い一部の大型ホテルだけでなく、地域の小さなホテルの中にもキラリと光る活動があり、多くの会員ホテルの刺激になっているのは誇らしいことです。

令和元年度秋季通常総会で表彰状の授与が行われている様子。
2019年の第1回社会貢献会長表彰授賞式で、最優秀賞の帝国ホテル代表者・定保英弥社長(当時)に賞状を手渡す小林会長(左)。

人が息づく「一期一会」の世界を若い世代に託す

──ホテル経営者として、またホテル業界を牽引するお立場として、人材育成にも力を入れてこられました。

ホテルにとって、人的サービスが重要であることは言うまでもありません。どれだけデジタル技術が進展し、AIがビジネスに不可欠な道具になったとしても、人間が提供するサービスの価値が損なわれることはない。むしろ、ますます重要になってくるでしょう。ですからホテル経営にとって、人的資本への投資は積極的に取り組む課題であると思います。

それにもかかわらず、ホテルを職場に選ぶ方々が減ってしまっているのが実情です。観光産業を担っていくはずの、ホテル・調理の専門学校への入学者自体が大きく減少しています。少子化の影響もあるのでしょうが、今のホテル業界が抱える課題の最たるものといえる人手不足の要因は、この「入り口」部分の狭まりにあると考えています。ホテルで働くことの魅力をもっと広めていく必要がありますね。それと同時に、DXにより省力化できるところは省力化する、また外国人の方々の助けも借りていく必要があると思います。

──ホテルで働くことの魅力や面白さについて、小林さんご自身はどのようなところに感じておられますか。

銀行出身の私が、かつてこの世界に来て一番強く感じたこと。それは、お客様との出会いは一期一会であり、その場でお客様が感じられる喜びや満足を、自分自身のものとしても受け止められることの楽しさでした。サービスを通じて、その場所と時間を共有するからこそ可能になることなのでしょう。それはすなわち、お客様の人生の節目節目に立ち会えることの喜びでもあります。

日本の観光業は今、自動車に次ぐ第2位の輸出産業であるといわれます。国内就業者数の約6828万人のうち、宿泊・飲食サービス業の就業者は約416万人(総務省 労働力調査 2025年)ということですから、約16人に1人が働く業界でもあります。それだけ大きな世界で、なおかつ日本の「戦略産業」として成長が約束されている業界に身を置き、胸を張って働けること。それも、ホテルという職場の魅力といえるのではありませんか。

──これからのホテルを担う若い世代に向けて、エールをお願いします。

今、さまざまな世代の多様な職種や業界の人たちがこの世界に来て、新しい発想でホテル運営に参画しつつあります。ラグジュアリーホテルがあり、バジェットタイプのホテルも増えています。アートやウェルネス、サステナビリティといった独自の個性を打ち出すホテルもありますね。それだけお客様のニーズも多様化しているわけですが、その中で、ぜひとも若い感性を遠慮なく発揮して、私たちの世代には思いもつかない新しい発想と柔軟な考えで、この業界をもっともっと発展させてほしいと願っています。若い力に期待しています。

株式会社パレスホテル代表取締役会長の小林 節(こばやし・たかし)氏がインタビューに応じる様子。テーブル越しに着席し、手前には黄色や白の花が活けられた花瓶が置かれている。

取材・文/編集部 撮影/遠藤貴也
(2026.06 Vol. 756)

Profile
小林 節(こばやし・たかし)

株式会社パレスホテル代表取締役会長。1969年東京大学経済学部卒業後、日本興業銀行入行。国際業務部参事役を経て、1991年株式会社パレスホテル取締役経理部長に。常務取締役ホテル副総支配人、専務取締役ホテル総支配人等を務めた後、2001年から代表取締役社長。2014年に代表取締役会長に就き、現在に至る。この間、パレスフードサービス取締役、ホテルグランドパレス取締役、さいたまアリーナ取締役など歴任。日本ホテル協会では2013年より理事を務め、常任理事、副会長を経て、2019年3月〜21年3月まで会長。現在も理事、表彰委員会委員長を務める。