ホテルを支える多彩なプロフェッショナルに、仕事へのこだわりやモットーをお聞きする連載企画。第3回のテーマはホテルの食を彩る「シェフ」。日光金谷ホテルの統括総料理長、中川浩司さんにお話を伺いました。

その土地ならではの食でおもてなし
──まず、ホテルの「総料理長」とはどのようなお仕事なのか、その全体像をお聞かせください。
私の役割は、日光金谷ホテル、中禅寺金谷ホテルをはじめ、英国大使館別荘記念公園「南4番Classic」でのお料理、ザ・金谷テラス、日光キッチンといったホテル館外のレストランなど、グループが手がける食のすべてを監修することです。
具体的には、メニューやレシピの作成に加え、お料理の提供方法まで設計します。例えば日光キッチンのとんかつであれば、お客様ご自身にまずゴマをすっていただくところから始まります。鉄板焼きであれば、お客様の目の前でソースをかけて「ジューッ」という音や香りを楽しんでいただく。そういった演出まで含めて考えます。
──お料理そのものだけでなく、お客様がそれをどう「体験」するのかまでデザインされているのですね。
そうですね。そのノウハウを現場のスタッフに伝え、運営していくのが私の役割です。もちろん、試作の段階では必ず自分で包丁を握ります。また、VIPのお客様の対応や忙しい部署のヘルプに入ることもあります。もしかしたら、スタッフの中で私が一番休みが少ないかもしれません(笑)。
──中川シェフご自身は、どのようなキャリアを歩んでこられたのでしょうか。
私は、パティシエからスタートしました。そこから料理の世界に入り、徐々にその楽しさにのめり込んでいきました。自分のキャリアの中でキーとなったのは、コンクールへの挑戦や、料理のジャンルを超えた交流です。
「自分は洋食の担当なので洋食しか知らなくてよい」という考え方は、あまり好ましくありません。和食、中華、和菓子など、それぞれの技術や知識を取り入れることで、レパートリーが格段に豊かになっていきます。特に今の時代は、一つのジャンルを極めるにしても、他ジャンルのエッセンスをどう取り入れるかが非常に重要視されていると感じます。
──メニューを考えるにあたり、大切にしているのはどのようなことですか。
「地産地消」です。以前東京にいた頃は、全国から上質な食材を集めることでお客様にご満足いただけましたが、日光というリゾートでお客様が求めているのは、「この土地ならではの味」です。ここで他県のブランド牛を出しても、あまり意味はないでしょう。栃木の最高の食材をご提供することによって、「ここに来てよかった」と感じていただけるのだと思います。
だからこそ、私は農家さんのもとに足を運ぶことを大切にしています。何度も会いに行き、信頼関係を築くことで「今日はこんな食材が入りましたよ」と、直接連絡をいただけるようになる。栃木といえばイチゴが有名ですが、私たちが提携している農家さんは、選りすぐりのイチゴを届けてくれます。現在、アフタヌーンティーでは、とちひめ、とちあいか、ミルキーベリーといった品種の食べ比べを提供していますが、非常に好評です。「栃木に来て、金谷ホテルのイチゴが一番美味しかった」と言っていただけることが、私たちの何よりの喜びです。
「物語」のある空間で食事を楽しむ
──ホテル業界では若手の定着が課題とも言われますが、スタッフの育成についてはどのようにお考えでしょうか。
大切なのは、スタッフ一人ひとりが「ここで働くのは楽しい」「ここにいれば成長できる」と実感できる環境をつくることだと思います。料理作りが単なる「作業」になってしまうと、モチベーションは下がってしまうでしょう。
例えば、私たちは自家製のキャビア作りにも取り組んでいます。茨城県つくば市からチョウザメを仕入れ、スタッフみんなで加工していくのですが、キャビアは本来「買うもの」というイメージが強いですよね。それが自分たちの手で作るとなると、他部署のメンバーまで興味を持って集まってくる。こうした経験が、料理を作る上でのモチベーションにつながっていきます。
また、スタッフの友人が宿泊に訪れる際には、「特別メニューを用意しよう」と提案することもあります。自分が関わった料理で友人を喜ばせ、賞賛される。そのことが誇りとなり、スタッフの成長を後押ししていくのだと思います。
──「ホテルのレストラン」の魅力はどんなところにあると思われますか。
やはり一番は、「物語がある」ということでしょうか。お客様がホテルに到着し、ドアマンが迎えた瞬間から、その物語は始まります。私たちのホテルであれば、お部屋へご案内するまでの間にも、「ここはアインシュタインが滞在したホテルなんですよ」といった歴史が語られ、お客様の期待感が高まっていきます。そして、夜には100年前のレシピを再現したメニューを、翌朝には長い歴史の中で受け継がれてきたオムレツを味わっていただく。チェックインからチェックアウトまで、一連の体験すべてが一つのストーリーとしてつながっていきます。そこに没入していただくことこそ、ホテルのレストランならではの魅力だと思います。
──金谷ホテルの名物「百年ライスカレー」の再現も、そうしたストーリーの一環だったのですね。
はい。130周年という節目に、「いかにストーリーをつくり上げるか」という試行錯誤の中で復刻されたものです。当時のレシピ通りに作っても、現代の食材とは性質が異なるため、完成までには多くの工夫があったと聞いています。でも、そうした姿勢そのものがホテルの個性や価値を形作っていくのだと思います。
──最後に、ホテル業界を目指す若者へメッセージをお願いします。
ホテルという場所は、さまざまな部署が一体となってお客様をもてなす空間です。料理人は物語を形作る重要な役割を担っています。自分たちが楽しんで作り上げた料理で、お客様を笑顔にできる。これほどやりがいのある仕事はないと思っています。料理を通じて人を喜ばせる楽しさを、ぜひ多くの若者に知ってほしいと願っています。
中川さんのある日のスケジュール
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出社
- 当日の予約状況の確認
- 仕込み、昼食営業の対応、現場指導
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休憩
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事務作業、新メニュー開発、納品業者との打ち合わせ
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夕食営業の対応、現場指導
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退勤
※スケジュールはあくまでも一例で、当日の状況により前後する場合があります。

中川 浩司さん
日光金谷ホテル 統括総料理長
ホテルやレストランで研鑽を積み、1996年に東武グループ関連ホテルへ入社。東京スカイツリー スカイレストラン634をはじめ、数々のホテル・レストランで経験を積み、確かな技術と感性を培う。2019年、東武鉄道株式会社へ出向。日本初のマリオットグループホテル「ACホテル・バイ・マリオット東京銀座」の立ち上げにあたり、アドバイザーとしてメニュー開発などに従事。2021年、金谷ホテル株式会社へ出向、日光金谷ホテル料理長就任。金谷ホテル創業150周年の記念となる獺祭とのペアリングコースメニューを手がけた。2025年、同ホテル総料理長に就任。2026年3月から現職。伝統の継承と革新の融合をテーマに、料理人として日々進化を続けている。
取材・文/編集部
(2026.04 Vol. 755)