ホテルを支える多彩なプロフェッショナルに、仕事へのこだわりやモットーをお聞きする連載企画、第2回のテーマは「レストランサービス」。帝国ホテル 東京で長年レストランサービスに従事し、厚生労働省認定の令和6年度「現代の名工」にも選出された野尻誠さんにお話を伺いました。

ワゴンサービスは「きれいに、速く、正確に」
──レストランサービスとはどのようなお仕事なのか、あらためてお聞かせください。
「サービス」というと、料理や飲み物をお客様に提供すること、というイメージが強いかもしれません。でも実際には、お客様から見えないところも含めて仕事の内容は多岐にわたります。オープンにあたってのお皿やグラスのチェック、テーブルセッティング、予約の受付・管理や来店されたお客様のご案内、お帰りになられた後の片付け、明日の準備……もっとも重要なのは、お客様に提供する料理に、知識や技術によってさらに付加価値を与えることだと考えています。
──付加価値とは、具体的にどのようなことでしょう。
例えば、料理を提供する際に、食材や調理法、食べ方などについてご案内することで、より料理をおいしく味わっていただく。そのためには、話す内容だけではなく、語り口や表現などの印象も大事です。せっかくの料理も、お店で冷たい対応をされたら味が分からなくなってしまう、ということはよくありますよね。
特にホテルのレストランはサービス料をいただいているので、「普通のサービス」ではお客様にご満足いただけないという意識が常にあります。
──十分な付加価値を提供するために、心がけていることはありますか。
やはり、知識を深めることの重要性を感じます。さまざまなお客様がいらっしゃいますので、幅広い知識を持っていないと対応できない。普段から、いろいろなことに興味を持つように意識して、分からないことがあればすぐに調べるようにしています。
また、食べることの好きなお客様が多いので、最近行ったお店の話が出ることもよくあります。なかなか話題のスポットをすべてチェックすることはできませんが、インターネットなどで情報はできるだけ集めておくようにしていますね。
──デクパージュ(肉料理を切り分けて提供するサービス)などお客様の前で行うワゴンサービスは、緊張することもあるのでは?
新人の頃は緊張することもありましたが、経験を重ねることで考えなくても身体が動くようになってきました。今はとにかく、「きれいに、速く、正確に」ということを心がけています。温かい料理を提供することが多いのでスピードも鍵になりますし、美しく、おいしそうだと思っていただけるような盛り付けをしなくてはなりません。もちろん、サービスそのものの所作も大事です。
ワゴンサービスというのは、お客様の目の前で一つの料理を仕上げて提供するということですから、それ自体が一つの商品です。「商品」に値するサービスをしなくてはならないと考えています。
当たり前のことを、当たり前に積み重ねる
──失敗された経験などはありますか。
もちろんあります。しかし、不手際によりお叱りを受けたり厳しいご指摘をいただいたりしたお客様ほど、それをきっかけに長いお付き合いをしていただけていることが多いような気がします。一度ご不便をお掛けしたお客様を再びお迎えするのは、正直不安を感じることもありますが、私は逆に「次にいらっしゃったときこそ挽回しよう」「その次もいらしていただけるように努力しよう」と考えるようにしていました。そのように「マイナスをプラスにしていく」ことが大事だというのは仕事をする上でよく感じますね。
──お客様に「次もいらしていただく」ために、心がけてきたのはどんなことでしょうか。
担当させていただいたお客様については、お誕生日などの記念日、召し上がったメニューなどはすべてメモしておくようにしていました。次にいらっしゃったときに「よく覚えていてくれたね」と喜んでいただけるんです。
時々「野尻さん、この日はお店にいる?」と確認して予約をくださるお客様がいて、そんなときは、つくづくこの仕事をしていてよかったと思いますね。次はこんなサービスをしよう、と考えるエネルギーになります。
──2024年には、厚生労働省が認定する「現代の名工」に選出されました。
レストランサービス業界で選出されている方はまだそれほど多くありませんし、その中で選んでいただけたことは本当に光栄で、重みを感じています。レストランサービスのさらなる発展、そして後進の育成に貢献できるよう、いっそう研鑽を積んでいかなくてはならないと改めて思うようになりました。特に、後進の指導育成は、サービス業界だけではなくホテル業界全体にとって、非常に大きな課題だと感じています。
──若いホテリエに伝えたいことはどのようなことでしょうか。
まずは「笑顔を忘れない」ことでしょうか。笑顔は、ベテランでも新入社員でも、誰もが平等に使える「サービスの武器」です。まだサービスが少しつたなかったとしても、笑顔で接することはできるはずですよね。
それから「基本プレーの徹底」です。実は、私も若いときはこの言葉があまり響かなかったのですが、経験を重ねるにつれその重要性を実感するようになりました。日々のアクシデントやクレームも、基本的なことをしっかり徹底していれば起こらなかっただろう、というものがほとんどなのです。
何か特別なことをするのではなく、当たり前のことを当たり前にやる。簡単そうに見えて大変なことですが、それを日々積み重ねることが、良いサービスに、そしてお客様の信頼につながっていくと思っています。
──最後に、野尻さんの理想とするホテリエ像を教えてください。
何よりも、お客様に信頼していただけるホテリエですね。一人ひとりのスタッフがお客様に信頼していただけるようになれば、必ず次のお客様を連れてきていただける。それが、世代を超えた帝国ホテルファンをつくっていくことにもなると考えています。
野尻さんのある日のスケジュール
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出勤
- 当日の予約確認
- 電話受付、ネット予約受注、釣銭準備
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鉄板焼「嘉門」ランチオープン
- お客様へのサービス
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休憩
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電話応対
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スタッフミーティング
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鉄板焼「嘉門」ディナーオープン
- お客様へのサービス
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退勤

野尻 誠さん
株式会社 帝国ホテル レストラン部 料飲三課 嘉門 支配人
1969年、東京都生まれ。1991年、株式会社 帝国ホテルに入社。レストラン部に配属となり、さまざまな形態のレストランで研鑽を積む。2007年、厚生労働省・中央職業能力開発協会・全国技能士会連合会主催「第24回技能グランプリ」で金賞、厚生労働大臣賞を受賞。2022年、東京都「東京マイスター(東京都優秀技能者知事賞)」を受賞。2024年には厚生労働省の卓越した技能者(通称「現代の名工」)に「ウェイター・ウェイトレス(飲食店ホール係)」の職種で選出された。
取材・文/仲藤里美
(2026.02 Vol. 754)