令和7年春 褒章受章者インタビュー

わくわくする気持ちが目標達成の原動力に

黄綬褒章 業務精励(調理業務)

波多野 忠明さん

(株)蒲郡クラシックホテル 総料理長

波多野 忠明さん (株)蒲郡クラシックホテル 総料理長

──黄綬褒章の受章おめでとうございます。

ありがとうございます。45年間、この仕事を続けてきてよかったと思っています。職場の仲間や地域の皆様のご支援、家族の協力があったからこそいただけた栄誉です。心から感謝しています。

──このお仕事を選ばれたきっかけを教えてください。

小学生の頃、家庭科の授業で習った料理を両親に振る舞ったことがありまして、すごく褒めてもらったんです。野菜炒めのような簡単なものでしたが、美味しいと言って食べてもらえたのがうれしくて。今思えば、それが料理人を目指すきっかけになりました。

──ホテルに入社され、まずは仕込みのセクションで修業されたそうですね。

宴会料理の下準備をする部門で、まずはジャガイモやニンジンをシャトーに切るなど野菜で3年間、お肉の脂や筋をとる仕込みに2年間携わりました。仕込み部門を卒業して先にレストランに移った先輩から、「1人分なら調味料はこのくらい」といった感覚など、時間のあるうちに養っておくべきことをアドバイスしていただいたのが役に立ちました。常に「今できることは何か」を考えるようになったのは、その先輩のおかげです。

──これまでのお仕事で印象に残っているエピソードを教えてください。

私が担当していたレストランに、長年にわたりお孫さんを連れて通ってくださるお客様がいらっしゃいました。ある日、そのお孫さんが「今日は初任給でおじいちゃんにご馳走しようと思っているんです」とおっしゃって。初めてお会いしたのは小学校低学年の頃で、これまでのことが走馬灯のようによみがえりました。人生の節目となる特別なお食事の場に選んでいただけて、目頭が熱くなる思いでした。お客様の思い出に立ち会えるのは、まさに料理人冥利に尽きます。

──波多野さんの仕事のモットーは?

料理においては、食材本来の持ち味を最大限に生かせる調理方法を心がけています。蒲郡クラシックホテルが立つ東三河は食材が豊富なエリア。例えば海の幸であれば、三河湾、伊勢湾、伊良湖沖と3つの漁場から獲れるアカザエビ、アサリ、メヒカリなど地元の恵みを存分に味わっていただけるよう心を込めて調理しています。地元の食材の魅力を多くの方に発信するのも、私たちの仕事だと思っています。

仕事の姿勢として自分に言い聞かせているのは「愚痴を言うよりアイデアを出せ」ということ。できない理由を並べるのではなく、どうすればできるのかを考える姿勢を大切にしています。コロナ禍でお客様の足がホテルから遠ざかったときに、高級食パンのブームの流れに乗って食パンづくりに挑戦したことがありました。初めての経験で、毎朝早起きをして試行錯誤を繰り返しましたが、決して愚痴はこぼさず、どうしたらお客様に満足していただける食パンがつくれるかだけを考えていましたね。

──そのような困難を乗り越える力の源はどこにあるのでしょう。

なかなかうまくいかなくても、それを「わくわく感」に変えることができれば、乗り越えていけるのではないでしょうか。食パンづくりの際は、毎日試食をしてくれたホテルの仲間の存在も大きな力となりました。

──今なお前進を続ける波多野さん。最近の挑戦についてお聞かせください。

蒲郡クラシックホテルには「THE COVE」という一棟貸しの離れがあるのですが、そこでご提供する高級重(お弁当)の企画を進めています。お客様のプライベート感を保ちつつ、東三河の食の恵みを堪能していただけるよう検討を重ねているところです。

挑戦する上で大切なのは、粘り強く「やり続けること」、そして同時に「時代に合わせて新しいものを取り入れること」だと考えています。例えば、当ホテルで提供している戦前からの名物「ビーフカツレツ」。当時は薄いフィレ肉を使っていましたが、現代のお客様の嗜好に合わせて厚みを持たせ、中はルビー色に仕上げるなどの工夫を重ねることにより、復刻メニューとしてよみがえらせました。おかげさまで、ビーフカツレツを目当てにお越しになる方やリピーターのお客様も増えており、たいへんありがたく感じています。

──料理を志す若い方々に激励の言葉をお願いします。

探究心を持つことが大きな成長につながると思います。もっとお客様に喜んでいただくために何ができるだろうと探究することで、わくわく感も生まれてくるはずです。そんな心持ちが料理への集中力を生み、目標を達成する大きな力になるでしょう。私も今回の受章を励みに、わくわくする気持ちを忘れずに料理と向き合っていきたいと思っています。

取材・文/編集部
(2025 7/8/9 Vol. 752)