
代替ミートで始まった「For Wellnessプロジェクト」
プラントベースドミート(PBM)をご存じだろうか? 大豆や小麦(グルテン)などを原料とする植物性の代替ミートである。2022年、ホテルメトロポリタン盛岡ニューウイングは、「シェフの技を活かした持続可能な地域共生の取組み『For Wellness プロジェクト』」の一環として、このPBMのメニュー化に着手していた。総支配人の佐藤隆さんは言う。
「当時はコロナ禍のさなかで、社会全体の健康意識が高まっていました。私たちは食糧危機の問題や持続可能な共存の観点からも、ホテルとして未来に向けて何ができるかと考えてPBMに着目したわけです。レストラン部門に協力してもらって、和洋中30種類を超えるPBMを使ったメニューを作り上げました」


PBMを用いたバラエティー豊かなメニューを開発。左はPBMショーソンパイ、右はPBM肉巻き寿司。
PBMを用いたバラエティー豊かなメニューを開発。上はPBMショーソンパイ、下はPBM肉巻き寿司。
有識者を招いて試食会を行ったところ、「肉と遜色がない」との高評価。「これはいけるんじゃないか」と関係者は意を強くしたという。だが考えてみると、PBMはあくまでも肉の代替品。PBM独自の価値や、肉に対して圧倒的な優位性があるかというと、まだそこまでは言えない。しかもホテルでは、地産地消で岩手県産の食肉を積極的に活用し、おいしい地元の肉を知ってもらおうと努めてきた経緯がある。そこに代替ミートを投入することへの疑問もないわけではなかった。


県庁の農林水産部やJAの担当者、メディア関係者など有識者を招いて試食会を実施。
地域文化にフォーカスしてシフトチェンジに成功
プロジェクト内で話し合った結果、PBMはヴィーガンメニューとして残すことにした。一方、一般の顧客向けに「For Wellnessプロジェクト」のイベント企画を2つ展開した。1つは地元の名刹の住職の指導のもと、ホテルで座禅を体験し、その後身体にやさしいPBMを活用した朝食を楽しむというもの。もう1つは、大豆をテーマにしたホテルでの味噌づくり体験である。
イベントに参加した地元の人たちはとても喜んでくれた。「しかも、アンケートでは『今度はぜひ、岩手や盛岡の文化・伝統に関するイベントもやってほしい。自分たちが暮らす地域のことを、もっと知りたい』という声が、たくさん寄せられたのです」(佐藤さん)。
ホテルはそうした声を吸い上げて、「地域の魅力再発見」をプロジェクトのサブテーマとして立てた。そしてシェフの技を活用した知的好奇心を刺激するいろいろな「コト体験」を企画。「For Wellnessプロジェクト」は、より文化や教養にフォーカスした形へとシフトチェンジすることとなった。
現在、「For Wellnessプロジェクト」では、主に4つの企画が動いている。いずれも地元の人たちと、「地域の魅力」を再発見する内容だ。
「WELLNESS TIME ~座禅体験と身体にやさしい朝食を楽しむ~」
宴会場を活用し、年に5、6回実施。参加者は毎回20~30名程度。指導に当たるのは、盛岡藩主であった南部家の菩提所・聖壽寺の住職。瞑想や講話の後は、PBMを使った体に優しい朝食で身も心も整える。
「みそ作り体験会 ~岩手県産大豆と松坂みそ店自家製米糀でつくるオリジナル味噌~」
老舗味噌店の主人の指導の下、健康に良い伝統の味噌づくりを体験。その後はホテルの料理長が提供する松坂味噌を使ったおむすびや味噌汁を味わう。冬場1回のみ実施。最近は評判を聞いて県外から参加する人も増えてきた。
「水の違いで楽しむコーヒーの味わい体験 ~コーヒーを通して盛岡の魅力に触れる~」
2024年にスタート。講師は地元の著名な珈琲店の店主。自家焙煎の珈琲店が多い町として、国内外に知られる盛岡市ならではの企画。ホテルはコーヒーに合うオリジナルスイーツを提供する。
「美味しく学ぶ出汁の授業 ~カラダとココロを育む食の教育~」
同じく2024年から。地元の料理研究家・ホテル総料理長と共に、味覚のことや出汁の違いを学ぶ。学びの後は日本料理レストランの料理長が作成する出汁を生かした料理をミニコースで楽しむ。


豊かなライフスタイルを提案するFor Wellnessプロジェクト。座禅やみそ作りなど地元の文化や歴史を体験できるイベントを開催している。
「その土地ならでは」の魅力こそ、地方ホテルの強み
「For Wellnessプロジェクト」が始まって今年で4年目。地域とホテルの関係は、どのように変わってきたのだろうか。
「普段はホテルを利用する機会がない地元の皆さんにイベントに参加いただけたことで、ホテルを身近に感じてもらうきっかけになったようです。お茶に食事にと、ホテルに足を運ぶ方が増えてきました。プログラムの運営は、総支配人室と調理・レストラン部門を中心に、部署横断的に行っていますが、成功体験を重ねる中で社員も変わりました。求められれば自分なりのアイデアをためらうことなく発表するなど、積極的になったと感じています」(佐藤さん)
座禅指導の住職をはじめ珈琲店や味噌店など、地元の専門家とも良い信頼関係が築けているようだ。佐藤さんは「個人的な意見」と前置きした上で、「うちのような地方のシティーホテルでは、『そこへ行けばその地域について学べる』ということが観光コンテンツになりうるのではないか」と話す。
「だからこそ、岩手県や盛岡市に住む人たちが、ずっと大事にしてきた伝統や習慣、今も楽しんでいる文化などについて、ホテルを介して広く他の地域の皆さんに伝えることができればと思います」
その土地に来てこそ、初めて体験できることがある。その魅力をどれだけしっかり発信できるか。佐藤さんが言うように、観光という文脈において「選ばれるホテル」となるための1つのヒントが、そこにあるのかもしれない。
取材・文/田中洋子
(2025 4/5/6 Vol. 751)
ホテルメトロポリタン盛岡ニューウイング(公式サイト)
https://morioka.metropolitan.jp