日本ホテル協会 新会長インタビュー

今こそ発信したい
地域の魅力、ホテルの活力

䕃山秀一氏
日本ホテル協会 第29代会長/株式会社ロイヤルホテル取締役会長

一般社団法人日本ホテル協会の第29代会長に、䕃山秀一氏(株式会社ロイヤルホテル取締役会長)が就任いたしました。インバウンドが好調に伸び、観光立国への道筋にあらためて光が差し始めた今、担い手としてのホテルの役割に期待がかかっています。日本ホテル協会としてどうそれに応えていくか。新会長にこれからの視点と方針を聞きました。

䕃山秀一氏 日本ホテル協会 第29代会長/株式会社ロイヤルホテル取締役会長

新たな基幹産業の原動力として、ホテルの役割を全うしたい

──新会長としての所信をお聞かせください。どのようなことを意識して協会運営に当たられますか。

日本ホテル協会は1909(明治42)年に創設された歴史ある団体で、28軒から始まった会員ホテルが今では全国に約230軒を数えます。創設116年目の今年、私が第29代の会長職を拝命したわけですが、この長い歴史の中で首都圏以外の会員ホテルから選出された会長は、私でわずか3人目なのだそうです。

それだけ政治経済や行政の本丸と関係の深い重責なのだと思うと気が引き締まり、また普段は大阪のロイヤルホテルに勤務しております関係で、これまでの会長職のフットワークが損なわれることのないようにと気持ちを上げているところです。

「持続可能な観光地域づくり」を戦略に掲げる政府の観光立国推進基本計画の下、日本経済を牽引する基幹産業として、観光業への期待が高まっています。ホテル業にもまた、その一翼を担う役割が求められることは言うまでもありません。私自身、ホテル経営者として、また当協会理事・副会長としてのこれまでの活動を通じて、年々その重みが増していくのを感じてまいりました。その期待に応えるべく、官民の連携を強めながら、日本ホテル協会のプレゼンスをこれまで以上に高めるとともに、すべてのお客様にご満足いただけるホテル・観光業を目指すことを使命としたいと思います。

──観光立国の実現には地方への誘客促進が欠かせません。東京以外に本拠地を置くホテルの代表者としては、どのように感じておられますか。

地方の会員ホテルの皆様が抱える危機感、そして行政や協会活動への期待感はたいへん強く感じています。といいますのも、上昇基調にあるインバウンドの恩恵はまだ、東京・京都・大阪といった大都市や一部の観光都市に限定されているのが実情で、まったく届いていないような地域がたくさんあるからです。

コロナ禍による大打撃を受けた当協会の会員ホテルは、わずか2年の間に、それまでの純利益の実に42年分にも相当する膨大な額の損失を被りました。昨年度、日本を訪れた外国人客数は約3687万人、消費額は約8兆円といずれも過去最高を更新しましたが、それでもまだ痛手からの回復途上にあるのが国内ホテル業界の実態です。ましてや地方の小さな事業者にとって、苦境は依然として続いているといえるのです。

その一方で、地方創生を実現する切り札の一つとして、観光業への注目度が上がっていることも事実です。観光業は宿泊や飲食、物販だけでなく、交通・物流、建築、さらには文化・芸術などとも強くつながり、非常に裾野の広い産業です。経済活性化への期待値もそれだけ膨らみます。その中でホテル業が後れを取ることのないよう、発信力の強化やホテル同士の横の連携、行政との橋渡しなど、協会としてもできる限りの取り組みをしていきたいと考えています。

地域の強み、ホテルの魅力を拡散するための発信力を

──地域それぞれの強みとホテルの価値を高めていくために、どのような対策が考えられるでしょうか。

コロナ禍前の一時期、地方空港の活用拡大がインバウンドの来客数を押し上げ、それによって地域の宿泊業も恩恵を得るといった現象が見られました。それまで国際便の発着地が成田・羽田にほとんど集約されていたことが、地方へのインバウンド拡大の、いわばボトルネックのような状況だったのです。その解消に乗り出した第二次安倍内閣の政策により、特にLCC(格安航空会社)を使った訪日旅行が加速したように記憶しています。

関西圏もその一つで、関西空港でLCCの発着が拡大したのを受け、多くの外国人が大阪を訪れるようになりました。主に東アジアからの方々がミナミ(なんば・道頓堀エリア)に代表される大阪文化の面白さに気づき、そこを起点に周辺エリアにも目が向くという波及効果へつながりました。コロナ禍で冷や水を浴びせられましたが、こうした展開は今後も考えられるのではないかと期待しています。

地域やホテルの取り組みとしては、発信力の強化が大きな課題として挙げられるでしょう。もちろん、どの地域でも一生懸命に魅力的な観光コンテンツを開発して発信に努めていると思います。Webサイトに情報を載せ、海外での観光展示会・商談会にも出掛けていく。それでもまだ、どこの市場にどうアプローチするかというマーケティングや、インバウンドの潜在客に刺さる情報発信の仕方といったことが、十分に整備されているとはいえないように思えます。特に地方のホテルではそうしたノウハウを持つ人材も限られますので、そこを業界としてどう支援するかも我々の課題であると認識しています。

──日本ホテル協会が新しく立ち上げた公式インスタグラムは、そうした状況を踏まえた試みの一つといえますね。手応えはいかがですか。

昨年末にオープンして4カ月ほどがたちますが、おかげさまでフォロワー数も順調に伸び、1万人を超えることができました。かなり速いペースではないかと手応えを感じているところです。フォロワーの98%は海外の方々です。これは狙いどおりで、インバウンドのお客様にターゲットを絞り、英語によるキャプションはもとより、ショート動画を中心に、国内向けに広報するときとは明らかに違うシーンを切り取って発信するなど、随所に工夫を凝らしています。

日本ホテル協会が開設 インバウンド向け公式インスタグラム

そうした仕掛けが奏功している要因の一つは、プロのクリエイターに協力を仰いだことにもあります。発信力を高めるには、そのノウハウに精通した人材を活用したほうがいいと考えました。このような手法に関する情報も地域によって偏りがありますので、会員間の情報共有が重要になってきます。インスタグラムは一つの例に過ぎませんが、外国人インフルエンサーの目が日本各地の隠されたコンテンツに向き始めている今が、チャンスだと思います。また、発信力の強いキーパーソンを招いてのファムトリップ(現地視察)などの仕掛けについても、今後検討する余地がありそうです。

䕃山秀一氏 日本ホテル協会 第29代会長/株式会社ロイヤルホテル取締役会長

ホテルという職場の求心力を高め、若手の活力をアップ

──人材のお話が出ましたが、サービス業全体の課題でもある労働力不足についてはいかがでしょう。

人材不足というと「採用」のほうへ話がいきがちですが、すでにいる人間をいかにしてつなぎとめ、定着率を上げていくかということも、この業界にとっては大きな問題です。人的資本経営に関する経営者の意識を高め、従業員とのエンゲージメントを強めるための取り組みが必要です。ホテルで働いている方々はそもそもホスピタリティへの愛着が強く、お客様との接点に魅力を感じてこの道を選んだ人が大半です。その気持ちに応え、より一層やりがいを感じてもらえる職場にしなくてはなりません。

それには待遇面や評価のあり方の見直しとともに、ホテリエという仕事の奥行きや面白さ、自分自身の成長を実感できるような仕掛けづくりが大切です。それを個々のホテルで追求するだけでなく、協会としてもバックアップしていきます。

──ホテルの仕事を漫画で紹介するコンテンツの配信を始めたのもそのためですね。

はい。当協会のホームページで公開して1年ほどになりますが、就職活動を控えた学生さんからの反響を特に強く感じています。ホテル業は接客のイメージが強くありますが、実は皆さんが思うよりもっと幅広い。例えば、宴会セールスなどの営業職には、主催者のお客様と打ち合わせを重ねながら、一つのイベントをつくり上げていく楽しさがあります。そうした魅力を伝えるストーリーを漫画で表現しました。

日本ホテル協会から発信 漫画で知るホテル業界の仕事

実は、この漫画はすでにホテルで働いている若手にも好評で、「そういうことだったんですね」と感想を寄せてくれる人もいます。うれしいですね。従業員のモチベーションアップにつながればと期待しています。

若い世代のやる気を後押しする企画としては、「ネクストリーダーズ」の取り組みも進行中です。宿泊業をはじめとするホスピタリティ産業の未来を担う若手が集い、業界が抱える課題に対して解決策を提案するプレゼンテーション大会です。企業の枠を超えてグループをつくり、全国を4つのブロックに分けて競い合う。日本能率協会の発案で昨年始まり、今年2月に初めての全国大会を行いましたが、どれも的を射た発表ばかりで、なかなか見応えのあるものでした。

ネクストリーダーズ「全国 FINAL STAGE」開催

どこの業界も事情は同じかもしれませんが、若い人たちが業界他社や異業種の仲間と接する機会はそう多くありません。そうした場で触発し合うことで活力が高まり、自分の職場にもそれが波及するという好循環が生まれることを願っています。同時に、そうした若者の姿を見て、我々のような管理職や先輩たちも触発される。いい刺激になりますね。

業界の課題と向き合い、観光立国実現の立役者へ

──会員同士の連携や情報共有を促すうえで、全国12のエリアに分かれた支部の役割も大きいと思います。

そうですね。全国組織としての絆を強める意味で支部の存在は大きいわけですが、その地域特有の事情に応じた議論を深めるためにも大きな役割を果たしています。例えば、宿泊税にまつわる対応もその一つです。宿泊税は各自治体の観光振興に使うためのものですが、その是非については賛否両論があり、自治体の施策もまちまちです。それには観光事業をめぐる各地域、各自治体の事情が深く関係していて、ホテルとしてどのような要望や提案を行うかも、それを踏まえた議論なくしては判断できないのです。

「宿泊税」に対する日本ホテル協会の考え方

──一方、各種委員会による全国レベルの活動も進められています。どのような役割があるのでしょうか。

当協会では現在、表彰、会員増強、税制等対策、観光推進、安全防災、研修、広報宣伝、社会福祉、SDGs、人材のそれぞれをテーマとする10の委員会を設けています。これらは業界全体を取り巻く諸事情に対する、いわばプロジェクトベースの課題解決チームであり、各委員長以下、会員ホテルから選任されたマネジャークラスのメンバーによって構成されています。課題と直面する現場の事情を踏まえ、現場の知恵を解決に生かそうという体制です。

生産性向上を目的とするDX(デジタルトランスフォーメーション)など、社会の動きに応じて新しい課題は常に生まれているため、委員会活動も柔軟に対応していきます。

──ほかに、会長として問題意識を持っておられることはありますか。

金融業界出身という私の経歴を生かした視点から、何か新しい取り組みができればと思っています。例えば、ホテルの経営・運営方式が多様化する中で求められる異業種との対話や連携も一つ挙げられます。以前は、ホテルの所有・経営・運営を同じ会社が担う方式が主流でしたが、最近ではマネジメントコントラクト(MC)方式といって、それぞれの役割を異なる企業が受け持つ方式も一般化しつつあります。投資家の目から見て、観光立国を担うホテルという事業が魅力的に映る事情もあるのでしょう。そうした動きの中で、新たなコラボレーションによってビジネスの芽が生まれる可能性もあると見ています。

──最後に、読者の方々へのメッセージをお願いします。

まず、会員ホテルの皆様へ。コロナ禍で被った我々の痛手はあまりに深く、いまだ原状回復には長い道のりを必要としている状況ですが、日本の新たな基幹産業を担う一員としての使命感を持ち、ともに歩みを進めてまいりましょう。そのための支援と情報共有を、日本ホテル協会は惜しみません。また、そうした我々の前向きな活動を見て、新しくメンバーに加わりたいと業界の皆様から思っていただけるような組織を目指しましょう。

ホテルをご利用いただくお客様には、当協会の会員ホテルが、すべての方々に安全・安心で快適な観光の楽しみをお届けするインフラとして評価されるよう、たゆまぬ努力を続ける姿を見ていただけたらと願っています。

取材・文/編集部 撮影/遠藤貴也
(2025 4/5/6 Vol. 751)

䕃山秀一(かげやま・しゅういち)
Profile

䕃山秀一(かげやま・しゅういち)●株式会社ロイヤルホテル取締役会長。1956年大阪府生まれ。神戸大学経済学部卒業後、株式会社住友銀行(現 株式会社三井住友銀行)入行。関西法人営業を担当し、鳳支店長、大阪駅前法人営業部長などを務める。専務執行役員、副頭取を経て、2015年取締役副会長に。2015〜17年関西経済同友会代表幹事。2017年株式会社ロイヤルホテル代表取締役社長、2023年より現職。日本ホテル協会では2018年より理事を務め、常任理事、副会長を経て、2025年3月第29代会長就任(社団法人認可以降としては第27代)。