ホテルが発信する着地型観光コンテンツ

旅行業登録で広がる
伊勢志摩の魅力を生かした旅づくり

志摩観光ホテル

英虞湾の青い海を、人々を乗せた小型船が進む。船の向こうには、緑の丘に建つホテルと海に架かる橋が見える。

英虞湾の魅力に触れられるクルーズツアー

伊勢志摩の豊かな自然に抱かれて立ち、数々の著名人が愛したことでも知られる志摩観光ホテル。1951(昭和26)年開業の老舗である同ホテルでは、2018年から宿泊者向けに、英虞湾の風光明媚な景観を楽しめるクルーズツアーを提供してきた。

「当ホテルに宿泊されるお客様は、伊勢志摩国立公園、そして英虞湾の素晴らしい景観を眺めながらゆったりした時間を過ごすことを目的に来られる方がほとんど。であれば、その景観を客室やレストランからだけではなくもっともっと近くで、海に近い目線から楽しんでいただきたい、という思いから始まったものです」。同ホテルで総支配人を務める緒方克美さんは、企画の狙いをそう解説する。

ボートの運航自体は関連会社に委託しているが、実際にボートを操縦するキャプテンの選定に当たっては、「船の操縦だけではなく、地元の魅力を伝えることについても長けている人を」とリクエストを出した。ただ単に景色を眺めるだけではなく、キャプテンの話に耳を傾けることで、お客様により伊勢志摩の、英虞湾の魅力を深く知ってもらえる体制をつくりたいという思いからだ。

「現在、キャプテンを務めてくれている皆さんは実際に、志摩の魅力をしっかりと伝えてくれる人ばかり。私自身も何度も乗船していますが、とても味のある語り口で、『地元の人が話してくれているんだなあ』という実感が湧くんですよ」。緒方さんはそう語る。

同時に、天候などによっては危険が伴うこともあるクルーズツアーだけに、何よりも気を配ってきたのはやはり「安全」だ。定期点検を行って船体の状態を常に最善に保つのはもちろんのこと、当日の実施を決めるに当たっては、天候などに常に細心の注意を払っている。地元の他の観光業者と「この後天気が崩れるから午後の運航は取りやめよう」「明日は船が出せそうだ」といった情報共有を行い、地域全体で連携しながら安全な運航に努めている。

「もちろん、欠航になってしまったときはクルーズを楽しみに来ていただいたお客様に対して申し訳ない、もっと志摩を満喫していただきたかったという思いは常にありますが、そこは安全を第一優先にしています」(緒方さん)。

英虞湾に浮かぶ小型船で、乗客が座席に腰掛けている。背後の緑の丘には、ホテルの建物が並ぶ。
英虞湾の風光明媚な景観を、海に近い目線から楽しむラウンジクルーズ。

ゆったりと流れる「志摩時間」を味わう

ツアーに参加したお客様からは、「客室から見下ろす眺めとは全然違う!」「あんなに入り組んだ湾だとは知らなかった、印象が変わった」といった感激の声が多く届いている。当初の狙いどおり、英虞湾の魅力を、より多彩に感じてもらえている手応えがあるという。

さらに2021年には、旅行業法に基づく「旅行業者」としての登録も取得。ホテルでの宿泊・食事やクルーズツアー単体ではなく、移動や他のレジャーも組み合わせたプランを企画・販売することが可能になった。

赤い救命胴衣を着けた乗客がボートから海面の養殖施設をのぞき込み、胴付長靴を着用した人が網やいけすの様子を解説している。
旅行業登録を生かして、伊勢まだいの養殖現場を訪ねるツアーも企画。

「伊勢志摩は素晴らしい場所ですが、全国からお客様が集まってくる観光地とはまだまだ言えないのが現状です。プランを通じてさまざまな魅力を発信することで、多くの人に『伊勢志摩、行ってみたいな』と思ってもらえるような動機付けにつなげていきたいと考えています」

もちろん、できることが広がる分、責任も重くなることは自覚している。法令遵守に加え、参加者の安全確保や緊急時の対応などについての契約内容を明確化するなどの体制づくりも急務だ。

「一方で、プランをご利用いただくことで、どのお客様がどんな目的で来られていて、どんなスケジュールで動かれるのかを把握できるので、適切なご案内ができるというメリットもある。スタッフの仕事の効率が上がるだけではなく、お客様にとっても『安心して滞在できるホテル』と感じてもらえるのではないかと思っています」

そう語る緒方さん自身も、実は同ホテルの総支配人として着任してからまだ1年あまり。それまで勤務していた東京や大阪といった大都市とはまったく異なる、自然豊かな伊勢志摩という土地、そしてそこに抱かれたホテルの魅力を日々実感しているところだという。

「決してレジャー施設が立ち並ぶような華やかな場所ではありませんが、その『何もなさ』が実は最大の魅力。お客様には普段の慌ただしい日々を離れ、私たちが『志摩時間』と呼ぶ、ゆったりと流れるひとときをたっぷりと感じていただきたいと思っています。着地型観光を企画する上でも、その姿勢は何より大事にしていきたいですね」

四角や小石のような形の陶器に、白や紫、緑などで花の絵が描かれている。奥には色のついたすり鉢とすりこぎが並ぶ。
テーブルを囲み、女性が小さな陶器に筆で絵を描いている。隣の眼鏡をかけた女性が、その手元を見守っている。

地域に受け継がれる伝統文化を体験できるプログラムも人気。写真は、伝統工芸「萬古焼」の絵付け体験。

筆を持つエプロン姿の女性が、机で筆を握る参加者の手元に身を寄せ、作業の仕方を示している。後ろにもエプロン姿の男性が立っている。
墨としては、日本で唯一伝統工芸品に指定されている「鈴鹿墨」に、書道や招き猫の絵付けを通して親しむ体験。
手元の筆で、花形の切り抜きがある型紙の上から白いうちわに色をつけている。奥には赤や青などの絵の具が並ぶ。
着物の柄や文様を染める際に使われる伝統工芸「伊勢型紙」。型紙を彫り、はがきやポチ袋などを染める。

また、同ホテルの魅力の一つとして知られるフレンチレストランでも、「伊勢志摩ガストロノミー」と題して、三重の食材を主役にしたメニューを提供している。地元の農家など生産者をホテルに招き、食材の魅力について語ってもらうイベントを開催するなど、地域との連携にもさらに力を入れているところだ。

2026年で開業から75周年を迎え、80周年、そして100周年に向けた歩みを重ねていこうとしている志摩観光ホテル。地域の観光資源を存分に生かしたプランづくりで、その魅力をさらに多くの人に向けて発信していく。

取材・文/仲藤里美
(2026.10 Vol. 758)

志摩観光ホテル(公式サイト)
https://www.miyakohotels.ne.jp/shima/