ホテルが発信する着地型観光コンテンツ

地域の魅力を伝える
ホテルというショールーム

ホテルアークリッシュ豊橋

柑橘の木が並ぶハウス内を見学する人々。生産者から説明を受ける人々をスマホで撮影する人も見える。

東三河の食をこよなく愛するホテル

豊橋を中心とする愛知県東部の東三河一帯は、海と山と川に恵まれた豊かな農業地帯である。太平洋や三河湾では漁業も盛んだ。

ホテルアークリッシュ豊橋を運営するサーラグループは、1909(明治42)年にこの地で創業した豊橋瓦斯株式会社を起源とする。以来、地域の暮らしや産業を支える企業として発展し、地域の人や社会と強い絆を築いてきた。

東三河への愛情とこだわりは、一次産業にもおよぶ。2008年にホテルアークリッシュ豊橋が開業すると、ホテルは地産地消に力を入れ始めた。それも、ただ地元の食材を使おうというのではない。「東三河の豊かな食材を最大の魅力として、地域の活性化につなげたい」という思いから、生産者に積極的に声をかけていったのだ。畑や漁港に足を運び、生産者と熱く話し込む社員の中に、今里武総料理長(専務取締役)の姿もあった。

「生産者のみなさんと直接対話をしていると、食材に対する情熱や、それぞれの土地に根ざしたストーリーに、いつも深く感銘させられるのです。そんな生産者の思いや東三河の食文化そのものを、一つの体験としてお客様に味わっていただこう。ホテルが地元食材のショールームとなるように──と、思うようになりました」

生産者10人ほどでスタートした地産地消の取り組みだったが、今では40人前後の個人農家が参加するまでになった。食材の種類や供給が安定するにつれ、200人規模の宴会にも対応できるようになったという。

ガラス張りの高層ビルに入るホテルアークリッシュ豊橋の外観。
白い調理服を着た今里武総料理長。

ホテルアークリッシュ豊橋の地産地消を牽引する今里武総料理長。

お客様が生産者のファンになる

「食」をめぐるさまざまなイベントも始まった。その一つが、年2回、春と秋に開催される「SPECIAL FARMERS COLLECTION」である。東三河の生産者たちによるこだわりの食材を使い、今里総料理長がそのポテンシャルを存分に引き出して、最高の料理として提供する美食の宴だ。県内外からおよそ150人を集めるこの人気の催しは、2026年11月で9回目となる。

ホテルの美食フェア自体は珍しくない。だがこのプログラムは、生産者と料理人のトークセッションで幕を開け、参加者が生産者と直接言葉を交わせる場を設けている点が特徴的だ。

「毎回15人くらいの農家が参加して、作物のことや、自分が目指す農業について話したり、参加者の質問に答えたりします。ホテルの宴に生産者が登場し、お客様と交流するこうした機会は、他にはあまり例がないでしょう」(今里総料理長)

サラダや一口サイズの前菜、小さなグラスに入れた料理が種類ごとに並ぶビュッフェ台。奥にはふた付きの保温容器が並んでいる。
生産者と料理人が壇上で対談する会場。農作物や栽培風景の写真をスクリーンに映し、円卓に着いた参加者が話を聞いている。

「SPECIAL FARMERS COLLECTION」は食と市民と生産者の出会いの場。

当日は宴会に先だって、ホテル館内でマルシェが開かれ、生産者と話しながら、新鮮な作物を購入することができる。また、ディナーの翌日に圃場見学をセットした宿泊プランでは、野菜の収穫も体験できる。SPECIAL FARMERS COLLECTIONではこうして、お客様と生産者が出会う接点を、いくつも用意しているのだ。

「するとこれがおもしろくてね」と総料理長。
「アイドルの推し活ではありませんが、今ではお客様の間で、“推し農家”まで出てくるようになったんです。交流を通して、生産者にファンがつくんですよ。生産者のみなさんも、喜んでくれています」

職人気質でおしゃべりが苦手な生産者も、収穫体験やマルシェに来たお客様の相手をしたり、自分の畑の説明をしたりするうちに、人前で話すことに徐々に慣れて、トークセッションなどもできる人が増えていったという。

ホテルの開業当時と比べると、町の人たちの意識も変わってきた。地元野菜のおいしさ、質の高さが、より広く認識されるようになったのだ。「同時に、自分たちはこういう素晴らしい土地に住んでいるんだと、みなさん、ちょっと誇りに思ってくれるようになったのではないかと、最近私は思うんです」と、今里総料理長は話してくれた。

白い調理服の今里武総料理長と、エプロン姿の生産者たちの屋外での集合写真。
お客様から絶大な人気を集める東三河の生産者たち(前列右から3番目が今里総料理長)。
肉や魚、野菜を使ったコース料理が、6つの器に一品ずつ盛り付けられている。皿の余白を生かし、ソースや花びらを添えている。
メインダイニング「RESTAURANT KEI」では地元の旬の食材を使った料理が楽しめる。

広がる人の輪がつくる、持続可能な観光地

「食と農」をキーワードに、生産者、料理人、フードビジネスに携わる人々、そして消費者をつなぎ、東三河を「フードクリエイターの聖地」として発展させることを目指し、前出のサーラグループでは「東三河フードバレー構想」を推進している。

東三河フードバレー構想の下で、ホテルアークリッシュ豊橋を取り巻く仲間は着実に増え、活動範囲も広がった。近くの複合施設「emCAMPUS(エムキャンパス)」の屋上には、杉の間伐材でできた大型プランターがずらりと並ぶ。宮沢賢治の『農民藝術概論綱要』に着想を得た生産者グループ「農民藝術創造倶楽部」のメンバーたちが、そこで作物を育てているのだ。地産地消の次の段階として、町なかの屋上で育つ野菜や果物も利用するという、新たなチャレンジが始まっている。

emCAMPUSの屋上農園。木製の大型プランターが何列も並び、野菜や実をつけた果樹が育っている。周囲には市街地が見える。
大きな窓のあるemCAMPUSの飲食スペース。料理の受け取りカウンターの前に丸いテーブルと椅子が並ぶ。観葉植物が置かれ、壁にはカラフルな模様が描かれている。

食や学び、健康と地域をつなぐ複合施設「emCAMPUS」。

一方、旅行代理店を招待し、東三河の生産者を回る各種コースを提案するなど、アグリツーリズム客の誘致にも力を入れてきた。実際に5年ほど前から、タイなどアジアの富裕層を中心に、畑や果樹園を訪問するツアーは増えている。何度も日本を訪れて、有名観光地めぐりや、ハイブランドのショッピングに飽きてしまったインバウンド客にも、フルーツ狩り体験などはとても喜ばれるという。そのためにわざわざ豊橋まで足を運び、アークリッシュに宿泊して、畑を見学し生産者と交流する。そして、見学した農園の食材を使ったフルコースの夕食を楽しんで、次の目的地へと旅立っていく。

「豊橋は旅の通過点なんです。東三河にも、これといった観光地がないんですよ。でも、私たちの強みである食と農を中心にすえると、そこにお酒や味噌を造る人が加わって、陶器や、包丁や、前掛けを作る人も加わって、人の輪が広がっていきます。多様なプレーヤーが協業すれば、地域経済は潤っていく。ホテルはそのハブとなり、地域が持続可能な観光地として発展するための原動力であり続けたいと、私たちは考えています」

着地型観光のハブとして、地域の魅力を伝えるショールームとして。今里総料理長が描くホテルの姿がそこにあった。

料理人が食事中の来訪者に話しかけている。テーブルには料理とグラスが並び、手前にはさまざまな野菜を山盛りに載せたトレーが置かれている。
アグリツーリズムに惹かれてこの地を訪れるインバウンド客も数多い。

取材・文/田中洋子
(2026.10 Vol. 758)

ホテルアークリッシュ豊橋(公式サイト)
https://www.arcriche.jp