ホテルが発信する着地型観光コンテンツ

箱根のインバウンド戦略を
ホテルの力で支えたい

箱根ホテル

芦ノ湖の湖畔に立つ赤い鳥居の前で、2艇の二人乗りカヤックに乗った4人が記念撮影に応じている。オレンジ色の救命胴衣を着け、笑顔やピースサインを見せている。背後には木々と湖を囲む山並みが広がっている。

芦ノ湖でのウォーターアクティビティを提供

箱根ホテルの創業は、1923(大正12)年。モダンで洗練された建築美と、クラシカルな優雅さを兼ね備えた、芦ノ湖のほとりに建つ美しい老舗ホテルである。

箱根という観光地では、現地までの移動自体が、しばしば一つの非日常的イベントとなる。標高差445mをスイッチバックで登る箱根登山鉄道に、箱根連山の圧倒的な景観を眼下に進むケーブルカーやロープウェー。町の喧騒がどんどん下界へと遠ざかるなか、箱根観光はすでに始まっている。

「旅にはそんなふうに、アクセスの過程を楽しむ部分と、目的地そのものを楽しむ部分があるように思います」と、箱根ホテル営業課宿泊担当の武井利雄太さん(富士屋ホテル株式会社)は言う。その言葉を借りるなら、「目的地そのものを楽しむ部分」こそ、箱根の着地型観光だ。

もともと温泉地であり、東海道の宿場町でもあった箱根は、明治期に外国人の避暑・保養需要を取り込みながら、国際的なリゾートへと発展した。ハイキング、テニス、ゴルフ、ボート、狩猟など、自然の中で「何かをして過ごす」リゾート文化が、現在の着地型観光につながる土壌として育まれていったのである。

箱根ホテルの庭から望む芦ノ湖。芝生の庭には椅子やベンチ、ハンモックが置かれ、右側には湖へ延びる桟橋がある。湖上には帆船型の観光船が浮かび、対岸の山並みの奥に雪を頂いた富士山が見える。
箱根ホテルを正面から見た外観。淡い灰色の横長の建物に、段状に重なる屋根と大きなガラス窓があり、中央に白いひさしのある玄関が設けられている。建物の背後には山並みと雪を頂いた富士山が見える。

富士山と芦ノ湖を眼前に望む箱根ホテルのロケーション自体が旅の目的に。

箱根ホテルでは、芦ノ湖の水上アクティビティを専門とする地元の事業者と提携して、モーターボートによる各種クルージングをはじめ、カヌーやSUPなど、芦ノ湖を楽しむための体験型プログラムを提供している。

「クルージングプログラムが始まったのは、たしか25年くらい前でしょうか」と武井さん。その口ぶりに、気負いのようなものはまったくない。ホテルにとってはそれくらい、「あって当たり前」のプログラムになっていることがうかがえる。

そのプログラムの企画運営を自分たちで抱え込まずに、地元の専門事業者に委ねているメリットは、けっして小さくない。

まず芦ノ湖を熟知しており、提供するアクティビティについても経験豊富なプロがついてくれるため、初めてウォータースポーツを体験する参加者への指導や安全面に関して、ホテルは安心してプログラムを提供できる。プログラムがホテル集合であったり、ホテルの桟橋から出発したりするのも、よい宣伝になっている。

一方、運営会社にとって、箱根ホテルは集客力のある有力な販売チャネルだ。知名度のある老舗ホテルとの提携そのものが信用材料となるし、ホテル経由で外国人客の利用も増える。事業者とホテルはWin-Win、お客様も安心してプログラムに参加できて、まさに「三方よし」。特に着地型観光におけるインバウンド対応において、ホテルが果たす役割は大きい。

芦ノ湖で、オレンジ色の救命胴衣を着けた人々が3艇のカヤックに乗り、パドルを使って漕いでいる。中央の艇には赤い旗が立ち、左側には高いマストを備えた帆船型の観光船、対岸には森林に覆われた山並みが見える。
芦ノ湖に浮かぶ二人乗りカヤックを後方から見た様子。2人はオレンジ色の救命胴衣を着け、パドルを手にしている。左前方には湖畔の赤い鳥居が立ち、その周囲には木々が茂っている。

ガイド付きカヤックツアーも人気。漕ぎ方や芦ノ湖の魅力を教えてくれる。

地元事業者と連携し、インバウンド需要を取り込む

東京からのアクセスがよい箱根は、従来からインバウンド客に人気の観光地だ。

「箱根ホテルの場合ですと、宿泊客の60~70%を外国人のお客様が占める月もあります。アクティビティ・プログラムの利用者は6割が日帰り客で、宿泊客を上回ります。そして、日帰り客にも外国人のお客様が多くいらっしゃいます」

外国人観光客は、SNSやネットの情報を通じて、芦ノ湖でさまざまなウォーターアクティビティが楽しめることを知り、旅行会社経由で申し込んでくる。そして予約した時間に、集合場所である箱根ホテルにやってきて、アクティビティ・プログラムに参加するという流れだ。

「ただ、運営側は必ずしも外国語が堪能とは限りませんから、外国人のお客様については、ホテルの人間が間に入って対応するようにしています」

せっかくインバウンド需要があっても、個々の事業者だけで対応しようとすると、負担が大きくなりがちだ。だからこそ、地域全体で支える体制をつくることが重要だといわれている。観光庁でも、観光協会などによる地域連携やDXの活用を呼び掛けているが、ホテルが果たす役割も大きい。

箱根ホテルでは、会議と宿泊を組み合わせた「オフサイトミーティング」のお客様が、ついでにクルージングでリフレッシュするといった使い方も増えている。ホテルに来て初めてアクティビティがあることを知り、せっかくだからやってみようと、その場で申し込むケースだ。

「もちろん、最初からアクティビティを箱根旅行の目的の一つと考えて、自分で情報を探し、必要なら予約も入れて、旅程に組み込んで箱根に来られる方たちもいらっしゃいます。いずれにせよ、一度アクティビティを体験して気に入ると、次に来るときはカヌーに挑戦してみようとか、今度はモーターボートで芦ノ湖を一周してみたいとか、やりたいことが出てくるようです。アクティビティがあることで、地元に落ちるお金が多くなっているという実感はありますし、多彩なアクティビティが、リピーターを増やすことにつながっている面もあると思います」(武井さん)

着地型観光コンテンツを企画するうえで、大事だと思うことをたずねると、「地元企業との信頼関係」と答えが返ってきた。行政や観光協会から個人が営むお土産物店まで、コミュニティーを構成するメンバーとの連携を深め、地域の活性化や観光産業による雇用創出につながればと、武井さんたちは考えている。観光産業と地域社会は、互いに支え合う関係だからだ。

これまで箱根ホテルでは、芦ノ湖を満喫できるウォーターアクティビティを中心に提供してきたが、今後は徐々に、マウンテンバイクやトレッキングなど、陸上コンテンツも導入していければとのこと。

「ほかに屋内でのアクティビティとして、箱根の伝統工芸である寄木細工のワークショップなども、おもしろいかもしれません。年配の方も、お子さんも、誰でも参加できますし、外国の方にも喜ばれるのではないでしょうか。自分のオリジナル作品を、お土産として持ち帰ることができるし、何より天候に左右されないのがいい。いつか地元の事業者さんたちと、一緒にやってみたいですね」

木々に囲まれた森の小道で、ヘルメットを着けた2人がマウンテンバイクに乗っている。左の人は右前方を指さし、右の人も笑顔でその方向を見ている。
木の色合いを生かした寄木細工の盆や器、円筒形の容器、ふた付きの箱が並んでいる。表面には、明るい木色から濃い茶色までの色の違いを組み合わせた、星形や菱形、市松模様、縞模様が施されている。

豊かな自然や美しい伝統工芸など、着地型観光のテーマはまだたくさんある。

取材・文/田中洋子
(2026.10 Vol. 758)

箱根ホテル(公式サイト)
https://www.hakonehotel.jp