第5次「観光立国推進基本計画」を読む

Interview
観光庁に聞く
第5次基本計画で観光産業はどう変わるのか

菅原晋也 氏
観光庁 観光戦略課長

国の観光行政の指針を示す「観光立国推進基本計画」が初めて策定されてから約20年。この3月に発表された第5次基本計画に至るまで、日本の観光業はどう成長してきたのか。また、その成果を土台にこれからの5年間、どのような道筋を描いて目標達成に向かうのか。観光庁の菅原晋也観光戦略課長に、ホテル業界へ送るエールを含めて話を聞いた。

桜と屋形船の写真

第5次基本計画策定の過程にホテル業界の声も反映

──観光立国の目標に向けて、現在の進捗状況を教えてください。

日本が目指す観光立国とは、観光立国推進基本法の目的にあるとおり、「観光立国の実現に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、国民経済の発展、国民生活の安定向上、および、国際相互理解の増進を図る」というものです。この目標に向かって、わが国は着実に歩みを進めています。

2025年の国内旅行消費額は、国内旅行とインバウンドを合わせておよそ37.6兆円(国内総生産約670兆円の5%強に相当)でした。経済面でも雇用創出の面でも、すでに一定の効果を持つようになってきています。また海外から日本を訪れる人と、日本から海外に出国する人の数は6000万人近くに達しており、国際相互理解を増進する方向で順調に進んでいます。

──今回の第5次基本計画には、どのような特徴がありますか。

前回の第4次基本計画では、コロナ禍で落ち込んだインバウンドの回復に力点が置かれましたが、今回はインバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立、オーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策の強化を、重要な柱と位置づけています。

旅行の内容や質の向上を目指すことも、今回、明確に打ち出しました。インバウンドの数値目標6000万人中、4000万人をリピーターにしようという戦略は、その一つです。何度も日本へ来るうちに、まだ行ったことのない地方への訪問意欲も高まるでしょうし、日本の文化や習慣に対する理解が進んで、マナーを守って滞在を楽しむ方が増えると期待されるからです。

──関係業界が参加する国土交通省の交通政策審議会観光分科会は、今回の基本計画策定の過程において重要な役割を担いました。どのような意見が出ましたか。

オーバーツーリズム対策、地方への誘客、交通インフラや交通ネットワークの機能強化、宿泊施設の生産性向上、観光産業のDX化など、多岐にわたるご意見をいただきました。国内旅行需要の平準化に向けたラーケーション※1やワーケーションの推進、アウトバウンド(日本人の海外旅行)の拡大を期待する声もありました。日本ホテル協会様からも、宿泊施設の生産性向上や、地方への旅客分散などに関して、貴重なご意見をいただきました。こうしたご意見は、ほぼ漏らさず第5次基本計画に反映できたと思っておりますので、これから確実に実現してまいります。

※1ラーケーション:ラーニング(learning:学習)とバケーション(vacation:休暇)を組み合わせた造語。一部の自治体では、何らかの学びを伴う平日の家族旅行に際して学校を欠席扱いにしないなどの措置を講じている。

オーバーツーリズムの解消や地方誘客への提案

──観光を「戦略産業」として持続させるには、何が必要でしょうか。

持続可能性の確保のためのポイントは、三つあると思います。

一つ目は、国民の理解を得るため、観光地における混雑緩和や、旅行者のマナー問題といった個別課題や地方への誘客に、確実に対応していくこと。二つ目は、国内観光やアウトバウンドの拡大に努めること。そして三つ目は、観光産業の強靱化という観点から、観光業界の人材不足への対応を進めることです。

これら3点は、観光産業の持続可能性を強く意識した目標であり、今回の基本計画の柱となっています。ただ、パンデミックや国際情勢などのあおりを強く受けがちな産業分野ですので、できるだけ広く、さまざまな国や地域から旅行者を誘致することも重要です。

──インバウンドの促進と、経済効果向上に向けた戦略をお聞かせください。

宿泊日数の増加、地方への誘客、富裕層の取り込みなどが挙げられます。

宿泊日数については、欧米豪や中東からの旅行者はもともと滞在日数が長く、1回の滞在で一人平均約40万円を使いますから、こうした旅行者を増やすことがまず一つ。

次に地方への誘客ですが、訪日旅行者の宿泊地は67%が三大都市圏※2で、それ以外の地方は33%ほどです。この差が縮まるように、地方部の延べ宿泊者数を1.3億人泊まで増やしたい。地方への交通ネットワークの整備に加え、人気の「コト消費」など、魅力的な体験型コンテンツづくりも欠かせません。

インバウンド消費の拡大には、富裕層を呼び込む工夫も大事です。富裕層も含め、訪日旅行者にもっと地方に足を延ばしていただけるよう、広域連携DMO※3の支援を強化しています。宿泊業に携わる皆様には、DMOとも積極的に連携していただければと思います。

※2三大都市圏:埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県

※3広域連携DMO:複数の都道府県にまたがる広域エリアで観光戦略を立て、マネジメントやマーケティングを行う組織。DMO(Destination Management/Marketing Organization)は観光地域づくり法人の略称。

訪日外国人の地方部*における延べ宿泊者数の推移と2030年目標を示した棒グラフ。(単位:万人泊)として、2016年「2,753」、2017年「3,266」、2018年「3,848」、2019年「4,309」、2020年「779」、2021年「133」、2022年「430」、2023年「3,358」、2024年「5,086」、2025年「5,873(速報値)」と推移している。2024年から2025年にかけては「+15%」と示されており、「地方部の占める割合 約3.3割」と記載。さらに2030年には「1億3,000万人泊」を目標として掲げ、2025年比で「約2.2倍」、年平均成長率「約17.2%」が必要であることを赤い吹き出しで強調している。下部には「地方部*:三大都市圏(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、京都府、大阪府、兵庫県)以外の地域をいう。」および「出典)宿泊旅行統計調査(観光庁)」と記載されている。
出典:交通政策審議会観光分科会資料「新たな観光立国推進基本計画(案)の概要等について」より

高齢者も安心して楽しめる国内旅行に向けて

──国内旅行の振興策についてはどうですか?

少子高齢化などの要因で旅行をする人の数が減っているため、一人当たりの旅行回数を増やす努力が必須です。国内宿泊旅行経験率(2024年)は、20代で64.2%、50代〜60代で47.5%、70代では30.9%と下がっていきます。高齢になると体力や健康面での不安もあり、旅行回数が少なくなっていくのです。いくつになっても安心して旅行を楽しめるよう、ユニバーサルツーリズムや宿泊施設のバリアフリーなど、環境を整備する必要があります。

──ホテル業に従事する皆さんに、伝えたいことはありますか。

ホテル宿泊業は近年、深刻な人材不足にあります。皆さんが「働いてよし」と思える環境を実現しない限り、観光産業の持続可能性自体がおぼつかないという強い意識を、私たちも持っています。

第5次基本計画では、宿泊業が創出する付加価値額※4を、2030年に現状の約1.6倍、およそ6.8兆円にするという目標を掲げました。実現すれば、従業員の方の賃上げや労働環境の向上に波及し、再投資も可能となって、さらに付加価値の高いサービスへと続く好循環が生まれるものと期待しています。

観光産業は、日本の魅力や活力を次世代へと継承し、さらなる発展を目指す戦略産業です。ぜひ官民一丸で取り組んでいきましょう。

※4付加価値額:営業純益+人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課

「宿泊業が創出した付加価値額」の推移と2030年度目標を示した折れ線グラフ。(単位:兆円)として、2012年度「2.6」、2013年度「2.8」、2014年度「2.7」、2015年度「2.6」、2016年度「3.1」、2017年度「3.5」、2018年度「3.4」、2019年度「2.6」、2020年度「1.3」、2021年度「1.3」、2022年度「2.3」、2023年度「3.2」、2024年度「4.3」と推移している。2025年度以降は将来目標として点線で示され、2030年度には「6.8兆円」を目指している。グラフ内には、2024年度の4.3兆円から2030年度の6.8兆円まで「約1.6倍」、年平均成長率「約8%」と記載された赤い吹き出しがあり、宿泊業の付加価値額拡大目標を示している。下部には「出典)法人企業統計調査(財務省)」と記載されている。
出典:交通政策審議会観光分科会資料「新たな観光立国推進基本計画(案)の概要等について」より

取材・文/田中洋子
(2026.06 Vol. 756)