2026年度から5年間の新しい「観光立国推進基本計画(第5次)」が閣議決定された。観光産業を日本経済・地域経済の発展を牽引する「戦略産業」と位置付け、訪日外国人旅行者数6000万人/観光消費額15兆円の目標達成に向け、インバウンドの地方誘客などを推進する。観光行政の羅針盤となる新しい計画の全体像を俯瞰しつつ、ホテル関係者が知っておくべきポイントをまとめた。

観光立国への現在地──2030年目標の60~70%を達成
日本は2030年までに、訪日外国人旅行者数6000万人、訪日外国人旅行消費額15兆円を目指す──。この大目標が初めて掲げられたのは、2016年3月30日に当時の安倍晋三総理を議長に開催された、「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」においてだった。
2030年まで残すところ4年となった現在、この数値はどの程度まで達成できたのだろう。2025年の実績を見ると、訪日外国人旅行者数は約4268万人で、達成率は約71%だった。訪日外国人旅行の消費額は約9.5兆円。こちらも達成率は約63%に達している。
10年前の2016年当時、インバウンドの規模は旅行者数2404万人、消費額約3.8兆円ほどだったことを思えば、途中、コロナ禍を経験しながらも、ここまで順調に伸びてきたように見える。しかし、2030年までに目標を達成するには、今後4年間で残る課題を克服し、旅行者数では2025年実績の約41%増、消費額では約58%増を実現しなければならない。
さらなる飛躍へ「第5次基本計画」が示す三つの柱
そうした中、2026年度から2030年度を計画期間とする「観光立国推進基本計画(第5次)」が、この3月に閣議決定された。
※ 観光立国推進基本計画の概要と全文はこちらから(観光庁Webサイト)
前回の第4次基本計画は、コロナ禍で落ち込んだ観光の回復が大きなテーマだったが、第5次基本計画では、観光産業を、地域経済や日本経済の発展をリードする「戦略産業」と位置付けた。その認識のもと、日本の魅力・活力を次世代にも持続的に継承・発展させていく観光の実現に向けて、「観光の持続的な発展」「消費額拡大」「地方誘客促進」「観光と交通・まちづくりとの連携強化」「新技術の活用・本格展開」を軸とする方針を打ち出している。施策の柱は次の三つである。
【1】インバウンドの戦略的な誘客と住民生活の質の確保との両立
局所的・地域的に集中する混雑や、マナー違反といった個別課題への対応、地方誘客を進めるための広域的な体制の整備、地方誘客や消費拡大に効果のある観光コンテンツの充実、地方部への交通ネットワークの機能強化などを図る。
▶主な目標
- 観光客の戦略的な誘客と住民生活の質の確保の両立に取り組む地域を、現在の全国47地域から100地域に拡大。
- 訪日外国人旅行者数を6000万人とする。
- 訪日外国人旅行のリピーター数を、現在の2761万人(2025年速報値)から4000万人に引き上げる。
- 訪日外国人旅行者消費額の目標15兆円に向けて、消費額単価25万円を目指す(2025年速報値は22.9万円)。
- 訪日外国人旅行者の地方部における延べ宿泊者数を1億3000万人泊へ(2025年速報値は5873万人泊)。
- 国際会議の開催件数について、アジアでは最上位を維持しつつ、世界でも5位以内を目指す(2024年の日本の実績はアジア最上位・世界7位)。
【2】国内交流・アウトバウンド拡大
休暇の分散などにより国内旅行需要の平準化を促進。関係人口の創出や二地域居住の促進による新たな交流市場の開拓、被災地等における観光復興に向けた再生支援を進める。国内旅行を「安定基盤」として推進しつつ、海外旅行についても需要喚起に努める。
▶主な目標
- 国内旅行消費額を30兆円に(2025年速報値26.8兆円)。
- 地方誘客・需要分散を促進し、日本人の地方部延べ宿泊者数を3.2億人泊へ(2025年速報値3.0億人泊)。
- 日本人の海外旅行者数を、過去最高値(2019年/2008万人)超えに。
【3】観光地・観光産業の強靱化
観光産業の持続可能性を高めるため、インバウンド市場・観光コンテンツの多様化を目指す。また、深刻な人手不足などへの対応として、DX(デジタルトランスフォーメーション)による省力化を進め、生産性向上を図る。健全な競争環境を整備し、ユニバーサルツーリズムなどの多様なニーズにも対応する。
▶主な目標
- 宿泊業が創出する付加価値額で6.8兆円を目指す(2024年実績は4.3兆円)。
付加価値額:営業純益+人件費+支払利息等+動産・不動産賃借料+租税公課
なお、国は基本計画に盛り込まれた施策の実施に必要な財源を確保するため、2026年7月から国際観光旅客税を1000円から3000円に引き上げることとしている。財源確保により、計画に沿った施策が速やかに実施されることが期待される。

「戦略産業」の一翼を担うホテル業界に吹く追い風
成長を続ける観光業は、すでにわが国の重要な戦略産業の一つである。観光庁によれば、2025年における観光業の経済波及効果は約19兆円であり、訪日外国人消費額の概ね2倍程度で推移しているという。これは日本の名目GDP約642兆円(2024年度)のおよそ3%に当たる数値で、自動車産業(約17.6兆円)に次ぐ国内第2位の輸出産業となっている。
今回の第5次基本計画では、そうした観光産業の成長を支えてさらに発展させるため、訪日外国人旅行者の地方への誘客など、インバウンドの戦略的な推進を図ることが重点施策の一つとなっている。そのため、戦略的かつ多角的な訪日プロモーションの促進、地域の観光資源を一体的に管理し、戦略的に観光振興を進めるDMO(観光地域づくり法人)の形成、さらに、地域周遊・長期滞在促進に向けた中長期的な取り組みなどに力を入れる方針だ。これらは問題が指摘されるオーバーツーリズムの未然防止・抑制に向けた対策にもつながり、「住民生活の質の確保との両立」を実現するものでもある。
こうした中で、観光産業の一翼を担うホテル・宿泊業はどのような後押しが得られるのか。第5次基本計画では、「観光地・観光産業の強靱化」の一環として、観光産業の経営力強靱化、生産性向上、観光DX・地域交通DXなどの推進、観光人材の確保といった施策が挙げられている。
特に、宿泊業については、「『住んでよし・訪れてよし』の観光地域づくりを目指すとともに、『働いてよし』の観光産業を目指すことも重要」として、それに向けた生産性・収益力の向上が喫緊の課題であると指摘されている。すなわち、宿泊業の収益性・生産性を高め、付加価値額を増やすことにより、賃上げをはじめとする労働環境の改善や施設整備などへの投資を促し、高付加価値なサービスの提供へとつなげる好循環を生み出すことが狙いである。
この方針の表れとして、「延べ宿泊者数の増加や労働生産性の向上等に向けた取組を通じて、2030年度までに宿泊業が創出した付加価値額6.8兆円を達成することを目標とする」と明記されたことは注目に値する。「このような好循環は、宿泊者の満足度を高め、地域経済を活性化し、観光立国の実現につながると期待される」のであり、ホテル業界にはこうした施策と呼応して、観光立国の実現に向け中心的な役割を果たすことが求められるといえそうだ。

取材・文/田中洋子
(2026.06 Vol. 756)