
病院食の分野にホスピタリティの精神を持ち込む
秋田駅からほど近い、街の中心部に位置する秋田キャッスルホテルは、半世紀以上にわたり地域を代表するホテルとして愛されている。同ホテルでは、2001年から新規事業としてメディカル給食事業に取り組んできた。事業開発のきっかけは、市内にあった総合病院が郊外に移転するにあたり、質の高い食事を提供するために力を貸してほしいと相談されたことだった。
当時も今も、病院で提供される食事は、衛生管理や栄養面では十分な品質であっても、食の楽しみという点で、必ずしも満足いくものとは言えない。「病院の食事はおいしくない」という認識は、いまだに多くの人に根強く残っている。
病院側からの要請を受け、秋田キャッスルホテルは、長年培ってきたホテル事業のノウハウとホスピタリティの精神を生かして、病院における食の質向上に一役買おうと、患者給食の提供に挑戦することを決めた。
こうして始まったメディカル給食事業は、「ホテル品質を医療・福祉の現場に」というコンセプトの通り、有名ホテルの味が病院で楽しめると、患者や利用者の間で大いに喜ばれた。評判はすぐに広まり、県内にある他の医療及び福祉施設からも同様の引き合いが来るようになった。総支配人の西村一英さんは次のように語る。
「たとえ業界は違っても、患者様や利用者様に満足のいく食事を召し上がっていただくという業務の本質に変わりはありません。むしろ、おもてなしの心という、これまでの病院食に足りなかった、ホテルだからこその強みを生かせたことが、評価につながったのだと思います」
ホテルのレストランと同じ品質を医療・福祉の現場へ
2026年時点で、秋田キャッスルホテルでは、40カ所以上の医療施設および福祉施設で給食事業を展開している。事業を開始した当初と比べると、特に介護福祉施設の占める割合が大きく伸びている。
その背景として、介護老人保健施設をはじめとする介護施設では、医療施設にも増して、食へのニーズが高いという事情があるようだ。施設で暮らす高齢者にとって、毎日の食事は何物にも代えがたい大きな楽しみに他ならない。旬の味覚は、生活に彩りを添えるだけでなく、人生の喜びそのものだといっても決して過言ではない。
西村さんは、こう語る。「あくまでも治療の一環である病院食と比べて、介護施設の給食は、ホテルレストランの本領を発揮する余地がより大きい分野だと言えるでしょう。普段、ホテルを利用してくださるお客様と同様に心尽くしのおもてなしをすることで、施設の利用者様にもご満足いただけていると自負しています」。
同ホテルのメディカル給食事業では、厳しい衛生基準が設定されており、提供直前の調理が基本となっている。そのため、調理は各施設において、現場の厨房設備を使用して行われる。料理長経験のあるシェフたちが指導員として巡回し、提供される料理の質を厳しくチェックすることで、「ホテルの品質」を再現している。
介護食を提供する上で常食(普通の食事)との最も大きな違いは、安全性への配慮だろう。同ホテルでは、管理栄養士の指導の下、利用者一人ひとりの噛む力や飲み込む力に応じた食形態への対応を行う。一般的に、きざみ食やとろみ食などの食形態は、元の食材の形をとどめていない場合が多く、どうしても味気なくなりがちだ。そこで、料理を目でも楽しんでもらおうと、一度ペーストした食材をあえて元に近い形に成形し直すといった手間をかけることもある。
フランス料理のテリーヌの調理手法を取り入れた、舌で押しつぶせるほどのやわらかな握り寿司など、メニュー開発にも積極的に取り組む。寿司を食べた高齢者の多くが「また握り寿司が食べられるなんて」と感激したという。こうした細やかな心遣いは、まさにホテリエだからこそ生まれたのかもしれない。


左は一般向けの常食。右は、嚥下機能が低下している方向けに、食材ミキサーにかけた後、舌で押しつぶせる硬さに固めて成形したメニュー。
また、「地元の味」を提供することにもこだわっている。地場産の野菜など、旬の食材を使った郷土料理や、季節の行事で古くから振る舞われてきた伝統料理を提供する機会も多い。米は、患者や利用者が食べ慣れた地元産の品種を選んで使用してきた。米どころである秋田ならではのこだわりだろう。

地域が直面する社会課題を見据えて新規事業をスタート
2026年4月、同ホテルは新たな挑戦として、セントラルキッチン(集中調理施設)の稼働を開始する。これにより、従来は各施設内で行っていた調理工程が、同じ場所で一括して行えるようになる。この大きな方針転換の背景には、地方都市が抱える深刻な社会課題である高齢化がある。
秋田県は日本全国で最も高齢化が進んでおり、病院および介護施設における食事提供の需要は今後も増え続けることが予想される。一方で、生産年齢人口が減少するなかで働き手の確保はますます難しくなりつつある。将来的な需要増を見越した上で、安定的かつ持続可能なサービス提供を実現するために、調理業務の集約を目的としたセントラルキッチンの設置に踏み切ったのだ。
一括調理することで、味や見た目のばらつきを防ぐとともに、高いレベルで衛生管理を実現する。また、限られたスタッフを効率的に配置できる上、作業の一元化により無駄を省けることから、業務効率の向上とコスト削減も期待できるという。
これまでの方式で1日あたり7000食を提供しているところを、セントラルキッチン方式だと1万食の提供が可能となる。この数字には、地域の医療・介護現場における「食のインフラ」という重責を果たすという、並々ならぬ決意と意気込みが表れている。
「日頃、私たちがホテル業務の中で提供しているサービス、スキル、ホスピタリティは全て、長い時間をかけて地域の皆様に鍛え育てていただいたものです。その力を地域のために役立て還元することが、私たちの役目だと考えています」


取材・文/柴野 聰
(2026.04 Vol. 755)
秋田キャッスルホテル(公式サイト)
https://www.castle-hotel.jp/