地域の誰もが自由に参加できる文化的な営み──文化的コモンズ。文化や芸術、アーティストと地域をつなぎ、人々を結びつけながら、活力あるコミュニティーを生み出していく。そんな文化的コモンズのコーディネーターとして、ホテルも役割を果たせる可能性があるという。文化コモンズ研究所代表の吉本光宏さんにお話を伺った。

領域を超えて浸透するアートと文化の力
──初めに、吉本さんたちが提唱されている「文化的コモンズ」とはどのような考え方でしょうか。
英語の“common”には、「共通の」「みんなで共有する」といった意味があります。そこから派生した“commons”は、もともと人々が共同で管理・利用する「共有地」を指す言葉でした。今は、公園や広場のような公共の空間についても、「コモンズ」という言葉がよく使われていますね。こうした発想を踏まえて、私たちは「地域の誰もが自由に参加できる文化的な営み」を、「文化的コモンズ」と呼んでいます。
また、文化施設や文化資源を「公共の共有財(コモンズ)」と捉え、公立文化施設や図書館、商店街、寺社仏閣などを拠点に、アーティスト、住民、学校、行政、NPOなど、さまざまな主体が共に文化を支え、育てていく、そうしたあり方を私たちは提言しています。
東日本大震災では、多くの文化施設が失われましたが、それは被災地の方々だけでなく私たちみんなに、文化的な体験を共有できる場が、コミュニティーにとっていかに重要かを教えてくれました。復興の過程においては、伝統芸能や祭りが人々の誇りやつながりを支え、芸術・文化は癒しや希望をもたらしてきたことも確かです。そうした力を生かすことで、「文化的コモンズ」は復興を支える重要な柱になりうると考えています。
──「文化的コモンズ1.0」と「2.0」は、何が違うのでしょうか。
今お話しした段階が「文化的コモンズ1.0」です。これは、文化施設や文化活動を、地域の共有資源として位置づける基礎的なフェーズです。
これに対して「文化的コモンズ2.0」は、文化施設や文化活動をより積極的に使いこなすことで立ち上がる「動的なコモンズ」です。教育、福祉、観光、まちづくりなど、さまざまな地域課題と文化が結びつく中で、文化から教育へ、アートからまちづくりへと、領域を横断して「文化的コモンズ2.0」は広がります。
このフェーズでは、人と人、課題と対策、地域とアートなど、さまざまなつながりを紡ぐコーディネーターの存在が重要です。公立文化施設の職員、自治体職員、アート系NPOのスタッフ、あるいはアーティスト、民間劇場の関係者、地方でゲストハウスを運営する人など、多様な担い手が考えられるでしょう。
文化やアートを軸に活動する人々は、地域の課題に直面したとき、「文化や芸術で何かできないか」と発想します。こうした人々が各所に現れ、互いにつながり合いながら、「文化的コモンズ2.0」は形成され、課題解決に資する動きを広げていくのです。


文化的コモンズ1.0「多様な主体をつないで形成される文化のコモンズ」(左)(上)から、文化的コモンズ2.0「文化から形成される領域横断的なコモンズ」(下)へ。
出典:一般財団法人地域創造「災後における地域の公立文化施設の役割に関する調査研究─文化的コモンズの形成に向けて」(2014.3)、「地域と文化芸術をつなげるコーディネーター インタビューによる事例調査─変化する地域と越境する文化の役割」(2022.3)より
過疎化が忍び寄る温泉町をアートが変えた
──今のお話のような形で、実際に地域が変わった例はありますか?
例えば、古くからの温泉郷として知られる別府(大分県)では、地域創生と観光の分野でアートが目覚ましい成果を上げており、「文化的コモンズ2.0」がうまく機能していることがわかります。
別府には、今も古い街並みが残っていますが、若者の流出や中心市街地の空洞化といった問題は、ご多分に漏れず深刻でした。そうした中、2005年にアーティストの山出淳也さんが中心となって「BEPPU PROJECT 」というNPOを立ち上げます。そして現代アートを通して、町の路地裏や古い建物の魅力を再発見する活動を始めました。
4年後、BEPPU PROJECTは「混浴温泉世界」という国際アートフェスティバルを、初めて開催します。市ぐるみの巨大プロジェクトに取り組むため、彼らはその際、実行委員会方式を採用するのです。これにより、行政、商工会議所、観光団体、宿泊業、商店街、民間企業などを巻き込んで、芸術祭は一大町おこし事業へと底上げされていきました。
翌年からは市民文化祭「ベップ・アート・マンス」を毎年開催するようになります。 「混浴温泉世界」の開催は第3回(2015年)で終了し、以降は個展形式の芸術祭「in BEPPU(イン・ベップ)」、そして市内の特徴的な場所にアートを長期間展示する[Alternative State]へと続いていきます。そのすべての催しにおいて、BEPPU PROJECTを中核に多様な官民連携体制を組み替えながら、 「文化的コモンズ」は町全体にしっかり根づいたものとなりました。
──BEPPU PROJECTがコーディネーターとなって、文化的コモンズをつくっていった流れがよくわかりました。それによって、別府の町はどう変わりましたか。
「混浴温泉世界」では、共同温泉、空き家、元ストリップ劇場などを、展示会場としていくつも活用しました。すると、普通なら観光客が足を踏み入れないような路地裏にも、若者やアートファンがどんどん入っていくようになり、町に活気や賑わいが戻ってきました。
やがて、取り壊し予定だった古いアパートやマンションの旧管理人室などが、アーティストの住まい兼制作拠点として生まれ変わり、たくさんの若い表現者たちが別府にやってきて、そこに根を張って暮らしながら、作品をつくるようになりました。高齢化した町に若い活力が戻りはじめたのです。
「混浴温泉世界」の頃は、アートが町に溢れるのはフェスティバルの期間だけでしたが、今では別府に行けばいつでも、たくさんの常設作品を町なかで見ることができます。昔ながらの温泉の町・別府は、いまやアートの町としても、国内外に知られるようになり、観光地としての魅力、集客力は確実に増しています。



![トム・フルーイン《ウォーター・タワー》(2023年/[Alternative State #6])](/hotel-review/__wp/wp-content/uploads/2026/02/hr754_01-08re.jpg)
別府の町全体が、文化・芸術の巨大な発信基地となっている。撮影:吉本光宏
共創から生まれたホテルが、新しい町の顔に
──地元の宿泊施設にも、何か変化はありましたか。
アートやまちづくりの要素を取り入れた、魅力的で個性的な宿泊施設が、近年とても増えています。
「HAJIMARI Beppu」は、元酒問屋のビルをリノベーションした宿泊施設で、地元作家の作品も展示されています。1階には、展覧会やトークショーも行われる交流スペースがあり、滞在しながら制作に取り組むこともできます。
倉庫の改修を手掛けたのは、古い建物に新しい価値を与えて生き返らせるプロ集団、DABURA.m(現・ハジマリ アーキテクツ)です。別府駅から少し離れた「SEKIYA RESORT GALLERIA MIDOBARU」というホテルも、ここが設計を担当し、ホテル内に多数設置されたアート作品は、BEPPU PROJECT創設者の山出さんがディレクションしています。
また、「アマネク」は、宿泊客が地元の飲食店で使った代金を部屋付け決済できるシステムや、ホテルを観光の拠点として、地元の観光スポットに宿泊客を回遊させる動線をつくるなど、「地域活性化ホテル」をコンセプトに、ラグジュアリーとビジネスタイプの2つのホテルを別府で展開しています。「アマネクイン別府」の屋上看板には、初回の「混浴温泉世界」に招へいされたイスタンブール生まれのアーティスト、サルキスの《別府の天使》という作品が設置され、夜になると静かに明滅しています。
ここでも、アート、建築、まちづくり、観光戦略など、さまざまな人々がコーディネーターとして関わっていることがわかります。その協働の中から生まれたこれらのホテルは、存在自体がアートの町・別府の個性を表現しており、「文化的コモンズ」がこの地にしっかり根づいていることを実感させてくれるのです。
──文化とアートを生かしたまちづくりに、ホテルは地域の一員として、どのような貢献ができると思われますか。
ホテルはパブリックな存在ですから、もともと「文化的コモンズ」としての可能性が大きいのではないかと思います。装飾としてアートを取り入れるだけでなく、例えばアーティストが作品をつくる段階から、協働できることもあるのかなと漠然と思ったりしますね。あるいは、その場で作品が買えるアートフェアやアーティストのワークショップをホテルで開催するとか。
いずれにしても、ホテルが結節点になって、アートやアーティストを社会とつないでいく、何かそういう仕組みがつくれたら、面白いのではないでしょうか。日本ホテル協会の会員ホテルにも、アートと関わるさまざまな取り組みがあるのですね。これからの展開に注目したいと思います。


吉本光宏(よしもと・みつひろ)
1983年早稲田大学大学院(都市計画)修了後、黒川玲建築設計事務所、社会工学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2023年6月に文化コモンズ研究所を設立(代表・研究統括)、長野県文化振興事業団理事長に就任。文化政策や文化施設の運営・評価、創造都市などの調査研究に取り組むほか、国立新美術館や東京オペラシティ、東京国際フォーラムなどの文化施設開発、アート計画のコンサルタントとしても活躍。文化審議会委員、東京芸術文化評議会評議員、(公社)企業メセナ協議会理事などを歴任。主な著作に『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』(水曜社)『アート戦略都市 EU・日本のクリエイティブシティ』(鹿島出版会)「再考、文化政策─拡大する役割と求められるパラダイムシフト」(ニッセイ基礎研究所所報)などがある。
文化コモンズ研究所 https://ifcc.jp
取材・文/田中洋子
(2026.02 Vol. 754)