いま注目のペットツーリズム最前線

愛犬家に選ばれるホテルに必要な発想転換

ペットを家族と捉える人が増え、ペットツーリズム市場は拡大を続けている。ホテル業界にとって大きなビジネスチャンスである一方、ペット対応を始めたものの集客につながらないという声もある。こうした課題にどう応えるべきか、ペット受け入れの宿泊施設にコンサルティングを手がけるトラベルウィズドッグの代表・中村貴徳さんに話を伺った。

ペット対応を始めてもお客様が来ない

──中村さんは、ペットを受け入れる宿泊施設へのコンサルティングを手がけていらっしゃいますが、ここ数年のペットツーリズムの動向について教えてください。

コロナ禍でインバウンド需要が停滞したことを契機に、ペットを受け入れるホテルが増加しました。しかし、コロナが落ち着くと、ペット受け入れを取りやめ、再びインバウンドに舵を切るホテルも少なくなかったようです。私のもとには昨年あたりから問い合わせが急増している印象がありますが、寄せられる相談は大きく二つのタイプに分かれます。一つは「これからペットの受け入れを始めたい」という新規参入の相談、もう一つは「ペット対応を始めたものの、思うように集客できない」という悩みです。

後者には、ペットフレンドリー施策を進める上で重要な課題が潜んでいると感じています。ペット同伴の客室を整備することに注力するあまり、実際の集客戦略や顧客の心理に十分踏み込めていないケースが少なくないのです。つまり、ワンちゃんを飼う人々のライフスタイルやニーズの理解が不十分なまま施策が設計されている――これが、多くのホテルが直面する集客の壁になっています。

──顧客ニーズがつかみきれていないというのは、具体的にどのようなことでしょうか。

例えば、ワンちゃんが汚してもいいようにビニールの畳を敷いている宿があったとしたら、私はがっかりするでしょう。非日常の空間でくつろぐために旅行に来ているのに、わざわざビニール畳の部屋に泊まりたいとは思えません。「うちの犬は畳におしっこなんかしないのに」と感じる飼い主も少なくないはずです。手入れが楽だからという発想で設備を整えている限り、飼い主の心はつかめません。犬を受け入れれば愛犬家が来るだろうという考えは、安易だと言わざるを得ないのです。

愛犬家の目線に立って設備を整えることが肝要になる。
愛犬家の目線に立って設備を整えることが肝要になる。

──ホテルとしては、どのような対応が望ましいのでしょう。

犬を受け入れる際、まずは「汚されないように」「壊されないように」と考えがちですよね。でも、私が日本の宿泊施設に提案したいのは、設備を汚したり破損したりした場合の費用を事前に明確に示すことです。例えば、シーツを汚したらいくら、お布団を汚したらいくら、とあらかじめ料金を設定しておくことで抑止力にもつながります。「お布団に犬を乗せないでください」ではなく、乗せてもかまわないけれど何かあれば飼い主が責任を取ってください、ということです。犬は飼い主にとってペットではなく子どもと同じ存在。子どもの責任は親(飼い主)が取るのが当然だと、私も含め多くの愛犬家が考えているでしょう。

実際のところ、こうした話をすると、ほとんどの宿泊施設の方が「お客様にそのようなことはできない」とおっしゃいます。でも、これからはお客様と宿泊施設は対等の関係であるべきだと思うのです。犬を泊めるなら、責任ある飼い主だけを迎え入れ、適切な行動を取らない場合は受け入れない、といった強い姿勢を打ち出すことも重要になってくるのではないでしょうか。それにより責任感のある愛犬家だけが宿泊し、ホテルがお客様を選ぶことが可能になります。こうした考え方がスタンダードになれば、ペットを受け入れる施設はさらに増えていくはずです。

弱みを強みに変えて、新たな価値を生み出す

──ホテルがペットを受け入れるメリットについて、どのように考えていらっしゃいますか。

日本は子どもの数が減少し、かつて夏休みに町内会の合宿など団体旅行が盛んだった時代と比べると、団体旅行の需要も減っています。一方で、インバウンド需要は依然として好調ですが、天災や周辺有事などのリスクも無視できません。こうした状況を踏まえると、来年には2兆円規模に成長するといわれるペット市場に挑戦しない理由はないと考えます。

私がコンサルティングした宿の事例ですが、以前は人気だった「離れ」が、時代の移り変わりとともに需要が減り、リノベーションもできないままになっていました。でも、離れというのは、ペット連れのお客様にはとても都合がいいのです。他の宿泊客と会うことが少なく、犬が多少ほえても迷惑になりません。その宿は、約150万円をかけてリノベーションを行い、1年でおよそ2000万円の売上アップにつながりました。

一見「弱み」と思える部屋でも、愛犬家にとっては魅力的なことがあります。例えば、1階の角部屋で眺望はあまり良くなくても、非常口から外に出られるため、犬を連れて過ごすには好都合というケースも。ネガティブな部分をうまく生かし、プラスに変えている事例は少なくありません。

──ご自身も愛犬を連れて日本中を旅されているそうですね。

愛犬と日本を回っていますが、もう11周目に突入しました。私の原点は、25年前に亡くなった母と、母がかわいがっていた犬です。母の最期の言葉となった「この犬を幸せにしてあげて」という願いを叶えるために、愛犬と日本一周の旅にチャレンジしたのです。当時は犬と泊まれるホテルは少なく、車中泊やテントで過ごすことも。その犬が亡くなる時に「犬が安心して泊まれる時代をつくる」と約束したんです。あれから時代が変わり、ようやく多くのホテルから、「ペットが泊まれる施設をつくりたい」という相談をいただけるようになりました。

ペットを受け入れることは、単なるサービスではなく、宿の魅力を大きく広げるチャンスです。小さな工夫や考え方の転換で愛犬家の心をつかむことで、リピーターや口コミにもつながります。迷っているなら、ぜひ一歩を踏み出してほしい。愛犬家にとって「また来たい場所」が増えることを願っています。

愛犬との旅の経験を活力に、ペットとどこにでも旅行できる世の中にしたいと語る中村さん(写真右)。
愛犬との旅の経験を活力に、ペットとどこにでも旅行できる世の中にしたいと語る中村さん(写真右)。
中村貴徳(なかむら・たかのり)
Profile

中村貴徳(なかむら・たかのり)●株式会社トラベルウィズドッグ代表取締役社長 兼 CEO。ペットと泊まれる宿のプロデュースや集客支援を手がけるとともに、全国各地にペット可宿泊施設をつくるために「愛犬同伴ルームプロデューサー」を育成するスクールも運営。日本中どこでも犬と旅ができる時代を目指し、幅広い分野で活躍中。
トラベルウィズドッグ:https://www.travelwithdog.com

取材・文/編集部
(2025 7/8/9 Vol. 752)