2026年9月10日、11日の2日間、パークハイアット東京において日本ホテル協会主催の第43回トップセミナーを開催しました。プログラムの中から今回は、AIを活用して生産性を上げ、観光業を基幹産業に育てる必要性を説いた、冨山和彦氏(株式会社日本共創プラットフォーム代表取締役会長)による講演の内容をレポートします。

「日本が得意な領域」─観光業こそ伸ばすべき
「私は、日本の未来に関しては極めて明るい見方をしています。とりわけ、ホテルのような観光業はこれから非常に伸びていく。逆に言うと、そこを伸ばさなければ日本の経済は伸びないと思っています」
講演の冒頭、講師の冨山氏はそう話し始めた。「失われた30年」を経て、日本の経済力や国際社会における地位の低下もささやかれる中、なぜ「未来は明るい」と言い切れるのか。
実は冨山氏自身も、かつての自動車産業のような製造業の分野で日本が世界を席巻できるとは考えていないという。「太陽光パネルも液晶も、工業的に大量生産できるものはあっという間に価格競争になって、儲からなくなっていく」状況下、日本がアメリカや中国といった圧倒的な経済大国に勝つことは非常に難しいからだ。
「だからこそ、じゃあ日本は何が得意なのか? を考えるべき時です。そして、観光業のようなローカル産業こそ、『日本が得意な領域』なんですね」と冨山氏は述べた。
日本の経済を支える産業といえば、自動車や通信などグローバル化が進む産業がまず思い浮かぶ人が多いかもしれない。しかし実際には、そうしたグローバル産業が占めているのは日本のGDP(国内総生産)のうちわずか3割程度。残る7割は建設業や不動産業、飲食業や生活サービス業、そして観光業といったローカルな地域密着型の産業が占めている。しかもここ30〜40年で、その割合は増加傾向にあるという。
「なぜなら、グローバル産業は産業立地を世界中から選べるから。そうなると、当然ながらよりコストの安い国に移動していくので、『先進国』になればなるほど国内に残るのはローカル型産業のみになっていく。これは世界共通の傾向なんです」
同時に、資源小国である日本は、エネルギーや食糧を確保するために外貨を稼ぐ必要もある。その視点から見ても、観光業は最も有力な産業の一つだ。日本政府は現在、「AI・半導体」「情報通信」「造船」などを今後成長が見込める「戦略17分野」に定めているが、「どれも発想が古すぎる。本来なら、観光業こそがそこに含まれていなければおかしい」。冨山氏はそう語った。

「付加価値労働生産性」を再び世界のトップレベルに
一方で、観光業のみならず医療や介護など労働集約型産業の全てが直面している問題に「労働力不足」がある。
「現状でも皆さんは人手不足に悩んでおられるでしょうが、それはこの先も解消しないと考えるべきです。外国人労働者を入れたくらいで解消するレベルではないし、そもそも今の日本の為替状況や賃金水準で、外国人労働者がそれほど来てくれるとは思えません。人を集めるには、賃金を十分に上げて『ホワイト』な働き方の企業にしていくしかないのです」
長く続いたデフレの時代には、値段を下げて集客することでなんとか売り上げを確保しようとする「値下げモデル」が広く用いられていた。今もそこから脱却できていない企業も多い。しかし、それではコストを抑えるために賃金を抑えざるを得ず、雇用環境が劣悪化して、働く人を確保できなくなる。そうなれば、お客様にもよいサービスが提供できなくなり、競争力が失われていく──それが冨山氏の実感だという。
「値下げモデル」から脱却するために重要となる指標が、「付加価値労働生産性」だ。労働時間1時間当たりに生み出された付加価値額(≒粗利)を示す数値で、粗利を総労働時間で割ることで算出される。ここの数値が高ければ賃金も上がり、「ホワイトな働き方」の実現につながるという。
しかし、冨山氏が示した資料によれば、日本の付加価値労働生産性は、OECD加盟国38カ国中29位と、世界的に見ても非常に低い水準にある。その原因の一つが、観光業を含む非製造業における付加価値労働生産性の低さだ。
「非製造業の付加価値労働生産性は現在、製造業の約半分です。私の経験としても、日本の観光産業で付加価値労働生産性をちゃんと管理している会社は極めてレアだと思います」
かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われ、製造業が基幹産業として経済を牽引していた1980年代には、日本全体の付加価値労働生産性はOECD加盟国中のトップテンに挙がっていた。これをもう一度トップテンにまで引き上げることができた時に、観光業は本当の意味で基幹産業になり得るのではないか──。冨山氏はそう指摘した。

AIに代替できないのは「ホスピタリティ」と「ボス」
では、そのために必要なことは何か。冨山氏が強く推奨するのはAI(人工知能)の活用だ。もちろん、どれほどAIが進化しても、ホテルのようなホスピタリティ産業の全てを代替させることはできない。だからこそ、バックヤードのデスクワークなどをどんどんAIに置き換え、その分の労働力や人材を「人にしかできない」仕事へと振り向けていくことが重要だという。
「人にしかできない」仕事の一つは、ホスピタリティによってお客様に直接価値を提供する「接客」。そしてもう一つが、全体を見て必要な指示を出す「ボス」の役割だ。ボスには、会社をよくするために何が大事なのか、本質的な問題を見極める「統治」の力、AIが出してきた情報をもとに「判断」する力、指示を出した相手をきちんと「動かす」力、そしてどんな結果が出てもそれを引き受ける「覚悟」という4つの力が求められる。そしてこれらは、AIには決して担えないものだ。
冨山氏は、「人手不足が深刻化するこのタイミングでAIが発展してきたのは、日本にとってむしろラッキーだと思っている」とも語った。労働力を補うためにAIを「導入せざるを得ない」状況だからこそ、新しいものを生み出せる可能性があるからだという。
「AIのような先端技術を積極的に取り込んでいくことで、日本から新しいホテルサービスのモデルが生まれるかもしれない。その意味で今、日本が一番チャンスを持っていると私は考えています。『人手不足=国が衰退する』という古い考え方から脱却して、むしろ日本は世界の最先端を走っているんだというふうに受け止めたい。そうして新しい日本を創っていく先導役に、一緒になっていきましょう」
力強い呼びかけとともに、講演は締めくくられた。
取材・文/仲藤里美
(2026.10 Vol. 758)

冨山和彦(とやま・かずひこ)
株式会社日本共創プラットフォーム(JPiX)代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、2007年経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEO就任。2020年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。メルカリ社外取締役、日本取締役協会会長。内閣府規制改革推進会議議長代理、金融庁スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、その他政府関連委員多数。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。著書に『日本経済AI成長戦略』『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』『コーポレート ・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』など多数。