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これまでの旅を振り返り、未来の旅を夢想する

『世界中で迷子になって』(角田光代著/小学館)

『世界中で迷子になって』(角田光代著/小学館)

「少年の心で、大人の財布で旅をしなさい」と書いたのは開高健。小説家の角田光代さんが初めてその言葉に触れたのは、まだ若く、旅といえばもっぱら貧乏旅行が多かった頃のことだったそう。

いざ年齢を重ねてみると、若い頃にはなかった余裕を持ちつつも、自分は「子どもの心で、子どもの財布での旅しかできないのかもしれない」と分析。本書は、そんな角田光代さんの等身大の旅が軽快な筆致でつづられたエッセイ集だ。

スペイン語のメニューと格闘した思い出、旅に出ると研ぎ澄まされる第六感の不思議、旅をして初めて心を震わせた場所がアジアかヨーロッパかにより生きる姿勢までもが異なってくるという考察……。思わずくすりと笑ってしまったり、じんわり胸が熱くなったり、うーんと深く考えさせられたり、旅とは人生そのものなのだと感じさせてくれるエピソードにあふれている。

後半はモノに関するエッセイを収録。ホテルに傘を忘れてしまい、1年後に同じホテルを再訪したところ、なんとその傘が戻ってきたというエピソードが印象的だ。「ホテルってこういう場所なんだな」と、そのホテルのファンになったそう。安い傘ばかり買って、どこかに忘れ、そのたびに買い足していてはこんな感動は得られないと締めくくられる。

旅もモノも、その人の来し方や考え方に深く関わるもの。これまでの自分の旅を振り返るとともに、未知の旅への期待がふくらむ珠玉のエッセイを堪能しよう。

文/編集部
(2025 4/5/6 Vol. 751)

DATA
『世界中で迷子になって』
(角田光代著/小学館/1500円+税)