
4年ぶりの華やぎを打ち破った元日の地震
2024年元日、富山県高岡市にある「ホテルニューオータニ高岡」のロビーは、チェックインの宿泊客でにぎわっていた。コロナ禍を経て4年ぶりに戻ったお正月の光景。安堵を伴ったその華やかな空気を打ち破ったのは能登半島地震だった。
震源地から100キロ以上離れた同ホテルでも、立っていられないほどの強い揺れ。しかし、ホテルの従業員たちの対応は迅速だった。客室にいた宿泊客を含め全ての利用客を1階に集め、各部屋を点検。割れ物などを片付け、安全を確認した上で宿泊客を部屋に戻し、不安を訴える利用客は1階に留めてケアをした。
エレベーターが使えない中、階段の上り下りを繰り返して、ビルの9〜13階を占める客室と1階ロビーを往復、案内と清掃に奔走し、宿泊客の安全を守った従業員たちの対応は、その場に居合わせた利用者の称賛の対象となり、旅行サイトにも投稿された。こうした迅速な従業員の対応の背景には、阪神・淡路大震災を経験している総支配人の佐々木正博さんの的確な指示があったという。
幸いレストランは被害が少なく、翌々日から通常営業を開始したが、宿泊は1カ月の営業停止を余儀なくされた。地震翌日の館内点検で、屋上の給湯タンクの破損が見つかり、余震で倒れる可能性が否定できなかったためだ。これも宿泊客の安全を最優先する佐々木総支配人の決断だった。営業再開前には、従業員が手分けをして客室に試泊し、全ての機能の安全性を確認した。
営業再開と同時に、2月から2カ月間は、二次避難場所として全80室のうち10室を提供、20名の二次避難者に食事の提供も行った。その間、従業員からの発案で、「笑顔を届ける昼食会」と称した昼食会も開催。営業企画部部長の堂田孝克さんはこう語る。
「2カ月間、ほぼ同じ方がお泊まりになっていたので、日々お顔を拝見してごあいさつする中で交流も生まれていました。被災された方々のご苦労もひしひしと感じていたので、何かお役に立てないか、元気を出していただくにはどうしたらいいかと皆で考えたのです。昼食会には地元で活躍するマジシャンに協力していただき、楽しいショーで場を盛り上げてもらいました。避難されていた方々にも笑顔が戻り、被災者同士の交流も生まれました」
会の最後には出席者からの感謝の言葉があり、従業員一同、感極まる場面もあったという。

足踏みの期間に見直した地元との関係
震災で営業的なダメージは受けたが、足踏みを余儀なくされたこの期間は、地元との関係を見つめ直す時間となった。来年開業40周年を迎える同ホテルは、ホテルニューオータニの創業者が高岡市の隣に位置する小矢部市出身だったご縁で、ホテル御三家の一つである「ホテルニューオータニ」を地元にという地域の強い要望で誕生した高岡市初のシティーホテルである。いったん立ち止まり、「本当に地元のお役に立っているのか、地域の皆様と一緒に高岡を盛り上げるには、もっとホテルが情報を発信していく必要があるのではないか」をあらためて考えたと語る堂田さん。
そもそも高岡市は、銅器や漆器をはじめものづくりの盛んな町だ。また、富山県の2つの国宝はいずれも高岡市にある。こうして現代まで脈々と受け継がれてきた職人の精神や文化を、さらに付加価値のあるものとして提供しようというホテルの試みはこれまでも行われてきた。
2015年には、国宝である瑞龍寺での仏前結婚式を開始している。地元の伝統工芸品で料理を提供する企画として、「伝統と革新のひととき」をテーマに高岡の技と魂が込められた美しい器に日本料理を盛り付け、提供を始めたのが2021年。高岡市美術館とは、同館で開催される特別企画展のテーマや作品にちなんだデザートや料理をホテル内のカフェで提供するコラボ企画を2022年から続けている。
そして震災後、「さらに地元に誇りに思ってもらえる存在に」「恩返しを」との思いで新たにスタートさせたのが3つのコラボ企画だった。1つは、ホテルから徒歩5分ほどの場所にある大佛寺の高岡大仏をカレーのメニューに取り入れるというユニークなもの。「ホテルからも拝める身近な場所からいつも見守ってくださっている大仏様をカレーに、というのは正直、葛藤があった」と苦笑する堂田さんだが、コラボを快諾してくれた大佛寺の住職の協力を得て、2024年2月にコミカルな高岡大仏カレーが完成、好評を受けて今も継続中だ。


同年6月には、加賀藩二代藩主・前田利長の菩提寺である瑞龍寺をモチーフにした「国宝瑞龍寺御膳」を開発。こちらも住職が協力的で、寺に残されていた文献を参考に、メニューの考案に積極的に関わってくれたという。高岡市立博物館の協力も得て、当時、利長公が食していたであろうメニューが再現され、蓋に国宝瑞龍寺の山門や仏殿、法堂を模した蓋付きの器とともに今も提供されている。さらに、富山を代表する鋳物メーカー「能作」とコラボレーションし、錫の曲がる特性を生かしたオリジナルのスタンドを使ったアフタヌーンティーの提供も開始。「実際に触れ、鋳物の良さを分かってほしい」という思いから客室にも錫製の器を置いている。


同ホテルの従業員に浸透しているのは、「さすがプロジェクト」の精神だ。ここには、高岡生まれの竹田光宏社長の「ホテル業の基本は安心安全。ただ、感動も与えなくてはいけない。お客様には『さすがニューオータニ』という思いで帰っていただく」という熱い思いが込められている。震災後の対応や復興時における施策はこの精神が反映されたものだろう。この地でホテルができることは何か。震災を機にこの問いに真摯に向き合ったホテルは、これからも地域の伝統を伝えつつ、それを凌駕する新しさをも生み出していく。
取材・文/佐藤淳子
(2025 4/5/6 Vol. 751)
ホテルニューオータニ高岡(公式サイト)
https://www.newotani-takaoka.co.jp