EXPO2025を契機に拓く インバウンド拡大への道 〜関西を起点に全国への誘客を〜

Talk Session
大阪・関西万博を
観光ビジネス拡大のスプリングボードに

溝畑 宏/公益財団法人大阪観光局理事長
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蔭山秀一/株式会社ロイヤルホテル取締役会長、日本ホテル協会副会長

なぜ今、大阪・関西なのか。半世紀前の大阪万博とは異なる未来展望に大きな意義を認めてビジネス拡大へと動き始めた大阪・関西エリアの観光業界。その陣頭指揮に立つ溝畑宏・大阪観光局理事長をゲストに迎え、日本ホテル協会副会長の蔭山秀一氏(ロイヤルホテル取締役会長)が本音で語り合う。

「平和の祭典」の先に見据える日本の未来

蔭山:
溝畑さんは以前、観光庁長官として日本の観光行政を牽引する立場におられました。日本の観光業のこれからを考えたとき、今回の「大阪・関西万博」の意義をどのように捉えていますか?

溝畑:
私が観光庁長官を拝命したのは2010年1月ですが、その頃、日本のGDP(国内総生産)に占める観光産業の割合は、わずか5%程度でした。10%を超えるフランスやスペインといった諸外国に比べてだいぶ低い数字ですが、逆にいえば、それだけ伸びしろがあり、日本経済の成長性を高めるのに格好の分野ともいえます。観光業を基幹産業に据えて観光立国を目指す。私自身、そんな思いを改めて強く抱いたのを覚えています。

東京オリンピック・パラリンピックは世界に向けてその心意気を示し、日本各地の魅力を発信する絶好の場になるはずでした。残念ながら十分には果たせなかったその目的を達する機会が2025年に再び訪れる。これが私の思う、大阪・関西万博の1つめの意義です。

2つめは、2030年を達成目標とするSDGsのゴールに向けて、万博を通じて日本がどんな未来像を示すことができるのか。そのマイルストーンともいえる重要な節目となること。そして、3つめに、世界を覆う地政学的リスクの高まりの中で深まる「分断と対立」に対し、平和の祭典を通じて「協調と共生」の大切さを強く訴えること。これらのまたとない好機が万博であると考えています。

蔭山:
それを思うと、今回の万博が「いのち輝く未来社会のデザイン」をテーマに掲げていることの意味は大きいですね。

実はコロナ禍の前になりますが、万博開催の話が持ち上がった当初、関西の経済界は必ずしも歓迎ムードとはいえない状況でした。1970年のときの大阪万博では、戦後の動乱期から復興を遂げた日本の新しい姿を世界に誇示する意義がありましたが、今さら何を発信するのかと。しかし、コロナ禍を経て世界のありようが一変してしまったことで、人類はこれからどんな未来を創り、どう歩んでいくべきかという、とてつもなく大きな課題を突きつけられた。その大命題に正面から向き合うことが、大阪・関西万博に与えられた使命なのだと思います。

同時に、観光産業の担い手である我々としては、この機会に注目を集めることは大変うれしいことですし、関西経済にとってもメリットが大きいことは言うまでもありません。

溝畑 宏氏/大阪観光局理事長

関西と全国をつなぐ「日本観光のショーケース」を

溝畑:
蔭山さんは関西経済同友会の代表幹事を務めておられましたから、その想いはひとしおでしょう。大阪はもともと世界屈指の商都として発展してきた歴史があり、また食文化の一大発信地であり、歌舞伎や文楽を育んできた伝統文化の街でもあります。日本の国宝・重要文化財のおよそ6割が、大阪・関西に集積しているともいいます。

そうした土地柄を生かし、万博を契機に「日本観光のショーケース」をつくろうというのが、私たち大阪観光局の考えです。ここに来れば、全国のあらゆる観光資源を知ることができ、実際にアクセスする手立てもわかる。そのために今、各地の関連業者や自治体と連携して、魅力あるコンテンツづくりに努めているところです。

蔭山:
この大阪・関西が、全国に広がる観光コンテンツのハブになるわけですね。ゲートウェイと言ってもいいでしょう。かつては東京・富士山・京都に集中して向けられていた外国人観光客の目が、コロナ前のインバウンドブームで分散し、大阪にも関西空港を入口に多くの旅行者が訪れるようになりました。東アジアを中心とするその人々が京都・奈良だけではない関西の面白さに気づき、そこからさらに各地へと関心を寄せつつあるのが今の状況です。ショーケースを見たお客様をどんどん各地へ送客するのに、まさに絶妙のタイミングといえます。

溝畑:
千客万来の掛け声でお客様を集め、全国への橋渡しをする。思えばこの発想は、大阪を起点に下関を経て遠く北海道へと渡りながら産物を伝え届けた、江戸時代の「北前船」にも通じています。そのDNAを深く刻むここ大阪を、新たな日本の玄関口となる「アジアNo.1の国際観光文化都市」へと成長させる。それが私の目標です。

2030年頃には大阪IR(統合型リゾート)の開業も予定されています。そこをピークに据えて、さまざまな仕込みを進めている今を「ホップ」とすれば、人流と物流が一気に加速する万博が「ステップ」、そして2030年には決めの「ジャンプ」で大きく飛躍したい。そう考えています。

蔭山:
そのためにも我々の取り組みを、万博だけ、大阪・関西だけに目を向けた近視眼的なものに終わらせてはいけませんね。万博を、観光立国・日本の復権をかけた起爆剤として、その仕掛け人を関西勢が果たす。そんな気概を持って臨みたいと思っています。

蔭山秀一氏/日本ホテル協会副会長、ロイヤルホテル取締役会長

ホテルの価値を高める絶好のビジネスチャンス

溝畑:
観光立国の立役者として、ホテルに期待される役割は極めて大きいと思います。どのように受け止めていますか?

蔭山:
期待の大きさは非常に強く感じています。その担い手になれるよう、コロナ禍で疲弊した体力を一刻も早く回復し、反転攻勢に打って出なければなりません。ただ、2020年から約2年間の非常事態下で当協会の会員ホテルが被った経済的損失は、それまでの業界平均利益の42年分にも相当するほど大きなものでした。地方都市を中心に、未だその痛手から立ち直っていないホテルは数多くあり、そのこともまた重く受け止めなければならないのが業界の現実です。

その回復策に力を尽くしながら、もう一方では可能な限り収益を上げ、生産性を高め、望ましい人材を確保して、サービスの質の向上に努めていく。それが我々ホテル業界が直面している課題です。この壁を打ち崩す起爆剤としても、今回の万博に期するところは大きいわけです。

溝畑:
だからこそ、ホテルをはじめとする観光業界が熱望するラグジュアリーマーケットの開拓は待ったなしの状況といえます。率直に申し上げて、日本のホテルの料金設定は諸外国に比べて低すぎますし、実際、日本を訪れた外国人からも、このクオリティでこの安さなのかと真顔で言われることもたびたびです。

ここは万博やIRを大きなセールスチャンスと捉え、安全・安心でストレスフリーな環境に磨きをかけ、災害対策やオーバーツーリズム対策をしっかり講じるなど、付加価値を高めてサービスの質をさらに上げていく。そしてそれに沿うよう、料金設定も引き上げていく。その機は熟しつつあると思います。

蔭山:
望むらくは、課題視されているサービス業の低い賃金を底上げし、質の高さに見合った価格をいただくことで収益を上げ、さらにそれを人的資本に振り向ける。この循環を早期につくる必要があるわけですが、先ほど申し上げた事情もあるため簡単にはできません。価格の見直しも同時に進めざるを得ないことをご理解いただけたらと思っています。

生産性については収益性と裏腹な面もありますが、質の高いホスピタリティを提供して対価をいただくことを本分とするホテルとしては、サービス面での安易な省力化には慎重でありたいものです。お客様との接点にはこれまで以上に厚く手をかけ、特別な顧客体験を提供しつつ、財務会計や業務プロセスといったバックヤードの部分はDX(デジタルトランスフォーメーション)も活用して効率化する。そうした取り組みが望ましいのではないでしょうか。

ホテル・観光業を牽引する人材育成が急務

溝畑:
そうなりますと、やはり人材を育てること、スキルを高めることの重要性が増してきます。今後、ラグジュアリーの客層が増え、インバウンドが地方にも拡大することが明白である以上、それに対応する人材の拡充が急務でしょう。私は、その一環として、業界内はもとより異業種間も含めた人材交流が重要になると考えていますが、いかがでしょう。

蔭山:
同感です。ホテル業界では一般的に、終身雇用や年功序列による人事体制が根づき、それが経験に裏打ちされた質の高さと専門性の養成に貢献してきた半面、働く人のキャリアの拡がりを阻んできた側面があることは否めません。万博を機に外資系ホテルが次々に進出し、労働市場の流動性がどんどん加速していく中で、有能な人材を自社につなぎとめておくことができるかどうか、日本のホテルは正念場を迎えています。

とりわけ、大阪IRが開業すれば、1万5000人規模の雇用が生まれるといわれます。サービス業としてありがたいと思う気持ちの裏側で、ホテル人材が吸収されかねないと思うと複雑です。そうしたときに選ばれる職場であるためにどうするか。その一つの対策が、これまでの自前主義から脱した柔軟な人材交流のシステムではないかと考えています。

溝畑:
私はかつてJリーグの大分トリニータでGMを務めたとき、若手の選手をヨーロッパのクラブチームに送り込んで経験を積ませる試みを取り入れました。世界のトップレベルを肌身で感じ、受けた刺激を日本に持ち帰って昇華する。そうして高度な人材へと引き上げつつ、キャリアの先を見せてあげることに大きな意味があると思ったからです。

蔭山:
そうですね。手元に抱え込むのではなく、広く別の世界を見てもらうことでスタッフのやりがいとレベル感を上げていき、そのことで逆にエンゲージメントを高めていく。そのためには、ジョブディスクリプションといいますか、職務内容とそれに応じた報酬体系を明確にする仕組みも必要になるでしょう。キャリアパスが明確になり、将来に希望が持てますから。

溝畑:
業界全体でそれに取り組めば、相乗効果も得られますね。ホテルに職を求める人の多くは、そもそもお金よりもお客様との接点に惹かれてくるわけですから、確かな未来さえ感じられればエンゲージメントを固く結ぶことは難しくないはずです。

蔭山:
「お客様の笑顔が見たい」と本気で願う職員たちを大事にしてあげられる仕組みを、万博やIRが近づくこの機を逃さず、ホテルの経営者は用意しなければなりません。今がそのチャンスです。

大阪・関西から日本を変える、未来を拓く

溝畑:
ホテルもそうですが、観光業界全体がもっと人材の多様性を広げていくべきだと私は考えています。シンガポールなどの観光先進国を見ると、例えば観光関連の公的機関にしても、観光政策の専門家だけでなく、マーケティングやブランディング、セールス、交通・都市政策、芸術といった非常に幅広い分野からスペシャリストが集まり、総力を挙げてプロモーションに従事しています。観光をビジネスとしてしっかり捉える。この姿勢がなければ世界との競争には勝てません。他の業界も知ってほしいと申し上げたのには、そんな思いもあります。

蔭山:
疲弊した地方都市の観光業を盛り返すにも、その発想は重要ですね。今までそのエリアになかったようなノウハウや知見を持つプロ人材やリーダーを受け入れて、やりがいを持って活躍してもらえるような環境をつくることも必要でしょう。ホテルとしてもそこに一定の役割を果たせるような存在感を示せれば願ってもないことです。

考えてみれば、観光というのは非常に裾野の広い産業です。宿泊や飲食、物販だけでなく、交通・物流も建築もあり、文化や芸術とも密接に関係しています。だからこそ人材の多様性が求められるわけですし、基幹産業としての経済効果にも期待がかかるのだと思います。

溝畑:
それは非常に重要な視点だと思います。日本はこれまで観光という分野を、限られた狭い範囲に閉じ込めて捉えてきた感があります。ですが本来は、あらゆる産業分野と連携しながら、ヒト・モノ・カネ・情報のすべてを広く集めることで経済効果と雇用を生み出し、税収を高めて地域の活力向上に貢献するものであるはずです。いわば、「地域の総合的戦略産業」でなければなりません。その真価を発揮する好機が、万博・IRを目前に控えた今なのです。

蔭山:
しかも大事なことは、万博やIRを成功裡に終わらせておしまいではないということです。大阪エリアでは今、うめきた地区の再開発に、なにわ筋線の開通や高速道路のミッシングリンクの解消、関西・伊丹・神戸の3空港の機能強化など、さまざまなインフラ整備が進んでいます。これらも含め、万博を機に整えられる「観光ショーケース」の仕組みやラグジュアリー市場の開拓、人材育成の仕掛けなど、すべての取り組み成果をレガシーとして未来へつないでいかなくてはなりません。

溝畑:
そうですね。ここ大阪・関西を起点に日本の未来が拓けていく、そうした意味での起爆剤であり、スプリングボードでありたいものです。その一翼をホテル業界が担っていただくことに期待しています。

蔭山:
ありがとうございます。その期待感を原動力に換えて挑戦していきたいと思います。

(2024年2月26日収録)

溝畑 宏(みぞはた・ひろし)
1960年京都府生まれ。東京大学法学部卒業後、自治省入省。大分県企画文化部長、大分フットボールクラブ代表取締役を経て、2010年に国土交通省観光庁長官就任。内閣官房参与、大阪府特別顧問、京都府参与などを歴任した後、2015年より公益財団法人大阪観光局理事長。追手門学院大学地域創造学部客員教授、大阪府・大阪市IR推進会議座長、大阪・関西スポーツツーリズム&MICE推進協議会会長など役職多数。

蔭山秀一(かげやま・しゅういち)
1956年大阪府生まれ。神戸大学経済学部卒業後、住友銀行(現 三井住友銀行)入行。関西法人営業を担当し、鳳支店長、大阪駅前法人営業部長などを務める。専務執行役員、副頭取を経て、2015年取締役副会長に。2015〜17年関西経済同友会代表幹事。2017年株式会社ロイヤルホテル代表取締役社長、2023年より取締役会長。日本ホテル協会副会長。

取材・文/編集部  撮影/北川博基